個人であると同時に文部大臣でございます。
個人であると同時に文部大臣でございます。
私のさっきの答えが、国家権力の現われの一態様であると言い得るならば、そうだと思います。
原案でありましょうとも、協力者として名前を連ねたものが審議されて、ほとんどそのまま採択されたという現実は、協力者という意味において、当初の合作に協力したという意味において、その事実として残るであろう、それだけは私自身も小林さんのお話から確認し得たと思っております。
倫理綱領は日教組という人格を持った団体が定め、意思表示をしておると思います。その中身と同じ考え方を実践綱領として正しいと、こう思っておることが、あわせて意思表示されておるのが今お示しの日教組の出版物であると、こういうふうに思います。
そういうふうに理解いたしております。
私も憲法学者でもなければ法制局でもございませんから、有権的な解釈論議は困難でございますが、私の今念頭にあります私見を申し上げるならば、大体同じようなものだと感じましたから先刻お答えしたわけであります。あえて大体と申し上げましたのは、今も吉江さんからお話が出て触れられましたように、例を中教審にとりますれば、法律に基づいて委員として任命するという形で中教審のメンバーに学者等がなられるわけであります。その立場は実質上の国家公務員であろうかと思います。したがって、実質上の国家公務員という新たな立場を、学者とは別個の、大学教授とは別個の立場において与えられたその立場を含めて意見が述べられる。そういう意味においては新たな要素が加わったと言えない
構成メンバーの一人だと理解します。
どうもその辺が私が明確に理解できないところでありますが、吉江さんの御発言にやや関連は持ちますが、国家権力とおっしゃるそのことがどういうことかと思いますが、政府の構成メンバーであり、もろもろの法律、憲法にも国務大臣は出て参りますが、国務大臣であるということ、そのことが、あるいは各省大臣であるということ、そのことが国家権力のメンバーなりという定義が厳密な意味で成り立つならば、そうであろうという前提を受けませんと私も断定しかねるわけでございますが、そういう意味において言い得るならばそうであろうと、豊瀬さんにお答えしたわけであります。
たぶんそう言えると思いますが、詳しくは憲法学者なり、法制局長官に有権的な解釈を下してもらわないと私もはっきりしたことは申し上がかねますが、通俗的に今おっしゃることは言えそうに思います。
それはそうでございましょう。
それは個人であり、代議士であり、国務大臣である、一人三役の場だろうと思います。
私はいつもそういう心がまえで対しております。
憲法にはございませんけれども、主権者たる国民みずからも、定めた以上は順守しなければならぬことは当然でありますが、九十九条が特にありますのは、いわば一般にいって公務員の立場であることが特色だと思いますが、宣誓をするぐらいの心がまえで憲法を守らなければならないという趣旨と思います。
それは一説によれば国民を抜きにしたのはおかしいという論もありますが、これは今申し上げたとおり、国務大臣その他実質上の公務員の立場にある者は憲法を必ず尊重し順守するという宣誓をするというのと同じ意味合いだと、こういうふうに私は理解しております。
国民に奉仕する立場において一般国民と立場が異なるから、憲法を順守して奉仕する上においてベストを尽くせという意味合いだと思います。
私が認める認めないにかかわらず、公務員は憲法にも別にはっきりと書いてあります。そのはっきりした立場において特に憲法尊重の責任を負わせておる条文だと、こう理解しております。
影響力ということになるのでございましょうか。一般国民と違って全国民に奉仕するという意味において立場が違う。だから特に憲法尊重、擁護の責任が重いぞと、そういう趣旨だと思っております。
影響力ということとは直接関係は私はないと思います。憲法を守らないというのは、一個人であろうと、公務員であろうと同じようにけしからぬことである。しかし、公務員たるものは全国民に奉仕するという立場から、そういう立場に立って憲法の条章を特に尊重し順守する責任がある、一般国民の立場よりも強く強く考えておらねばならないぞという心がまえを、外国の例でいうならば、宣誓をするということであらためてそれを確認される、それにかわるものだと私は了解しております。
心理的影響とか何とかいうことでいきますれば、文部大臣の現職にあるときの発言と、そうでないときに同じことを言うこととは、その意味において影響力は違うと思います。
同じことを言いました場合の心理的影響力が違うであろうことは私も想像にかたくない。ところで、先ほど来申し上げますように、日本教職員組合という現存しておる団体の実践綱領を、原案でかりにありましょうとも、解説までも一体をなしたものに名前を連らねて、そうしてその内容に同意をしておるということだけは断定できると思いますが、その形のものの考え方について教育基本法との関連で批判することは、文部大臣としても当然の職責として私は批判してよろしいと思います。これが単に、およそ職員団体はかくあるべしという意見を学者の立場で述べたならば、それに対してもむろん批判は自由であることは当然でございますが、それよりももっとコンクリートな場で、具体的な日教組という団