現実に十二の高専の敷地として県有地を予定しているところがあるかどうかは、私自身確かめておりませんけれども、あり得ることだと思います。ですけれども、それは県の負担においてでなしに、これも民間の浄財をもって県有地を払い下げてもらって提供してもらうというのでなければ筋は立たないと私は考えております。
現実に十二の高専の敷地として県有地を予定しているところがあるかどうかは、私自身確かめておりませんけれども、あり得ることだと思います。ですけれども、それは県の負担においてでなしに、これも民間の浄財をもって県有地を払い下げてもらって提供してもらうというのでなければ筋は立たないと私は考えております。
これはまあさっき御指摘ございましたように、公共団体が、国の施設の敷地としましても、当然に負担することは制度上禁止せられておる建前から申しましても、私の今申し上げるような措置は必要なことだと思います。
そのとおりでございます。
ございません。
はっきりしておるはずでございます。一々私みずから当たっておりませんので、具体的なこともお答えしかねますけれども、今まで私の報告受けました範囲では、見通しはついておると了解しております。
先日予算委員会でもどなたかにお答えしたわけですが、文部省としましては、できるだけ国有地で済ませるものなら済ましたいという気持は本来あったわけでございます。結果が先ほど申し上げたとおりになっておるようですが、まあそこでやむを得ず、農地を充てるといたしましても、農民を圧迫してどうだなどということは、これはあり得ざることで、これは現地におまかせするほかにないことですけれども、そんなことのないようにも指導もしたいと思います。
もちろん、今御指摘のようなことは、あらしめてはならない問題だと思います。ただ実際問題としますれば、道路その他の公共施設等にもあるように聞きますが、ほんとうに自発的に値段を安くする、あるいは一部を寄付するなどという方があるのを形式的に拒むのは、必ずしも私はそこまでいかぬでもいいのじゃないかとは思いますけれども、いやしくも農地ならば農民本人の意思を無視てし強圧的にやるなどということは絶対にやるべからず、こう思います。
まあ大体仰せのとおりですけれども、貧者の一灯ということもございますから、御当人の自発的な意思によって集まった浄財、こういうふうに私は思います。
建前としてお説はごもっともなことだと拝聴しておるわけであります。
どうも言葉が足りませんでしたが、最後におっしゃったとおりに思っております.
教育基本法六条を引用しての御趣旨、私、同感でございます。以前、当委員会におきましても、類似の御質問に対してお答えした記憶がございますが、この教育基本法にいうところの給与の適正ということは、結局他の公務員との相互比較の問題も多分に含まれていると思います。そういう立場から見てみまして、戦前の、たとえば大学教授の給与が、それなりに絶対的にいいともむろん言いかねるわけですけれども、他の公務員とのランキングの比較からいいますと、大学総長の給与は、あらゆる国家公務員官吏の中で最高であった。あの姿が私はほんとうだと思います。大学教授、高等学校の先生、小中学校の先生、一連のその構想のもとにおける給与体系というものが、少なくとも戦前、大学総長によって
そのとおりでございます。
臨時と申しました意味は、有効期間を限った法律という意味ではございませんので、法律の形態からいけば、期間も限らない法律ですから、経常的な制度と言えないことはございませんが、給与体系ということからいくと、実質上臨時のものだ、私はそう心得ております。そこで、いつまでかというお尋ねにはお答えいたしかねますけれども、ともかく大学を卒業した人が民間から、いわばスカウトされる。入学するときに教員になりたいと思っておった人でも、いわば利をもっていざなわれるような傾向を帯びておりますから、これは一つの経済的な社会的な現象として、さらに突っ込んで申し上げれば、世界的な技術革新の波が押し寄せまして、にわかにその面に人を要する、その需要がきわめて激甚である
元来私は、教員というものは物を作る人でなしに、人間を作る人なわけですから、先刻も豊瀬さんの御質問に対してお答えしましたように、戦前は大学総長が大審院長よりは俸給は上だったということを頂点としまして、小学校の先生、幼稚園の先生に至るまで、ずっとそれ式であったかどうかは別といたしまして、ものの考え方としては、最高裁判所長官も作るのが大学である、そういう、人を作る側の先生が作られたほうより低いという法はないというふうに私は通俗に思うのであります。それにふさわしい、安定して生涯を人間作りの使命感に徹して教育の場に捧げ尽くす、全国民のためにという情熱を注ぎ込むに値する職場であるように体系づけることが政府側の責任の目標だと思います。何も月給だけ
教育に対する人的、物的対象に対する過剰投資はあり得ないというお説は私も同感でございます。見当違いじゃむろんいけませんので、御見当を誤らない限り、過剰投資というものはあり得ない。その一環としての教員給与の是正あるいは向上ということもまた当然のことと私は心得て今申し上げたような次第であります。ただ、一面、景気変動に災いされない場を作る、条件整備はむろんやらなければいけませんが、教員たらんとする使命感を本来持って、徹底的に持ち続けるような人が教員になっていただきたい。またそういう人々を収容するに値する教員養成の場が確立されねばならぬ。そしてまた入ってくる人が、景気の変動に常に波があって、水平線のままでいくのではない、一見経済界に行った人が
今、御指摘になりましたような考え方で進んで参りました。具体的な結果、結論につきましては、政府委員からお答え申し上げます。
それぞれの団体で、今、説明員から申し上げたとおり、一応、案を作って、認可申請という形になって出てこようと思います。それはあくまでも予算の範囲内、あるいは自分のそれぞれの団体の会計経理の状態に照らして可能な範囲内においての合理性を追求した案が出てくると思います。それが妥当である限りはむろん認可するのが当然でありますが、今、説明員から申し上げたような段取りを通じて出てきましたならば、できるだけすみやかに認可して実施できるようにいたしたいと思います。将来にわたっては、予算、国の補助金等に依存するのでなければ給与の是正ができないものと、そうでないものとあろうかと思いますが、国の援助を今後にわたって努力をしまして、さらに是正のテンポと内容充実
私もそうだと思っております。具体的なことは直接しませんから、すべてを知りませんけれども、気持としてはそうあるべきだ、また理事者側が不合理な、不可能なことを考えて認可申請するはずがないという信頼感を持っております。
前回の委員会で、その点について豊瀬さんから御質問がありまして一応お答えをしましたが、重複すると思いますけれども、お答え申します。 大学局長がそういう御答弁をしたのは、私もそばで聞いておりましたが、それはかつての専科大学の法案が先入主となって頭にあり過ぎたため、そのときの考え方をそのまま申し上げたのじゃないかという、うっかりした点が表明されておると思いましたので、そのことを是正する意味でお答え申したと記憶いたしております。前回も申し上げたとおり、専科大学設置法案は、それ自体が短期大学を当然に専科大学に切りかえるという建前をとった法案であったと記憶いたしております。したがって、その場合ならば政府委員から申し上げたとおりにお答えするの
今のお尋ねに対するお答えは、理論的にはちょっと申し上げかねる意味もごさいますが、現実問題としましては、たとえば宇部、長岡にいたしましても、専科大学ができたならば専科大学にしてもらえるだろう、地元の一般的な気持としてはあったろうと想像いたします。そのことも含めて高等専門学校の誘致をしたいという現地の意思表示の根底に、ある程度そのことが作用していることは否定できないと思います。そのことも宇部、長岡に設置するについて、事務当局としては現実問題としては考えのすみにはあったことは否定できないかもしれません。それと同時に、教員組織がなかなか整いにくいという当面の難点がございます。したがって、工業短大の学長に新しい高専の校長を兼務してもらえる便宜