大学の学生なり大学の職員がみずから大学の施設を使う分についてはむろん何ら疑義がないと思います。日本教職員組合という全然別個の職員団体が、毎度申し上げておそれ入りますけれども、一つの独自の目的を持っておる、その目的そのものは研集の場合でも捨てていない、これはきわめて明瞭でございます。端的に申し上げれば、文部省の定めておる教育課程を骨抜きにする、それにとってかわるべきものをやるのだというのが、作り上げるのだというのが研集目的にはっきりなっておるようであります。そういうことを当該大学の職員みずからやるのでなくて、その目的を持って、その意図を持って研集をせんとしておる団体が使うということは、内容的に言ってもむしろ公共性に反する。のみならず、
