こういう教育政策の問題を、労働組合等の法律にいうところの団体交渉課題として取りり上げて交渉することは、法律の趣旨に反すると思います。
こういう教育政策の問題を、労働組合等の法律にいうところの団体交渉課題として取りり上げて交渉することは、法律の趣旨に反すると思います。
事実問題としての話し合いが違法だということを申し上げるつもりは私は初めからない、事実問題は別問題であります。団体の意思を定めて、団体交渉という法律の認めた姿で教育委員会と交渉するというその課題は、法律に明記しましたこと以外にはあり得ない、すなわち逆にいえば、教育政策についての団体交渉ということは制度上あり得ない。しかし、私といえども、事実問題として会って話をなさることは違法だ、違法だということで、頭から違法呼ばわりをするということは毛頭考えておりません。私といえども、日教組の目的意識がまともなものに、民主的なものになって後の性格づけがはっきりするならば、事実問題として会わないと言った覚えはいまだかつてない。ただ、法律にいうところの、
先刻も申し上げた通り、俸給、給与、勤務時間等、その他の勤務条件に関して団体交渉ができると法規は明記しております。勤務条件に関する限り団体交渉課題であるということは、法律上の当然の課題として明記しておるわけですから、その点に一点の疑いもない。ただ教育政策の課題は労使間の団体交渉の課題であり得ないということは、憲法二十八条ないしは労働組合法等を通じましても、さらにまた社会的な常識でもあるわけでございまして、そういうことを申しておるのであります。学力調査そのものは勤務条件そのものではない。関連はしましょうけれども、関連した部分について、その部分だけ取り上げて、具体的に勤務条件の変更があるからそのことをどうするということ、そのことはこれは団
今も申し上げました通り、あしたの結果を見なければわからないことでございますから、きょうの段階で、新聞に出た通りのことがどうなった、こうなったとかりにありましても、明日いよいよ実行するまでに、新聞記事の内容と変わらないものでもない。ですから、結果を待たなければ判断のできない本来の事柄だと私は思うのでありまして、そういう意味でさっきもお答えを申し上げたのですが、結果を見て、現行の法律、命令に従って万事やらねばならぬことは当然のことでございますから、そういう法令に立脚して具体的な結果をどう判断すべきかということを待って、自分の意思は決定したい、文部省としての態度も決定したいと思っております。
これは法律の解釈それ自体でございまして、特別にむずかしい問題じゃないと思います。地方公務員法をすなおに読めば、当然だれでもわかる事柄でございますから、ことさらそれについて、あらかじめ指示するとかなんとかということは起こり得ない当然しごくの常識の範囲と私は心得ますから――指導、助言等はむろんいたしておりますが、たとえば先刻も申し上げました通り、一定の内容を持ち、公式手続をもって同じようにやることが目的を達する必要条件でございますから、その指示には従いなさいよということはこれは申しておりますけれども、団体交渉としてどうしたかああしたかということは、これはよほど厳密に結果を待って判断をしなければ判断できないことですから、先ほど来の御答弁と
私は、建前として、この一斉学力調査が実行できないところが出てくるとは考えません。そんなことはあるはずがない。ただ、御指摘のように、ある公共団体でもって、最小限度の経費は支給はいたしておりますが、それだけでは足りないと判断をして、公共団体の経費支出の協賛を求むべく議会に諮ったところが否決された、否決されたから経費の面でできないと、その公共団体の教育委員会が判断した、その判断に立って現実にやれないということはあるいはあるかもしれません。現実にあることをなからしめる方法はございませんから、結果的にそんなところも出てくることは絶対ないんだということは言い切れませんけれども、原則としてこの学力調査が本来できないんだ、できないところがあるのが当
指導しましたのは文書で主管局から出しておるようですが、それ以外の指導はしたこともないし、しょうとも思いません。警察官を出動させるなどということを言おうとは毛頭思っておりません。ただ暴力で職務執行がはばまれたということが現実にあった場合どうするかということは、その地方々々の判断のことでありまして、文部省という立場からかれこれ言うべき筋合いじゃないと心得ております。
人材開発という目的を持っておるかいなかという事柄については、最近申さないのみならず、初めから申し上げておりません。新聞等に何かそんなことが出ておるようでありますが、文部省の考えとは全然関係ございません。もししいてそういうことに関連ありということを申し上げるとするならば、育英奨学の規模をもっと拡大したいと私どもはかねがね思っておりますが、そのことについて全国的な信憑性ある資料というものが事実上ないのであります。たとえば特別奨学一万二千人高等学校で実施したいということで、現にお認め願っておるわけですけれども、明年度はもっとこれをふやしたいということで概算要求を実は出しておりますが、そういうことを主張するといたしまして、なぜ一万二千人でい
もちろんおっしゃるように先先が一番よく知っておる立場だと思います。そのことは私も疑いませんが、ただ全国的な立場でものを見て、そうして主張するということを念頭において考えますと、学校ごとの、クラスごとの一人々々の先生が一番よく知っていることは間違いないにいたしましても、全国的レベルでどうだろうという回答にはならないのが恨みでございます。従来は、すでに御案内のごとく、日本育英会が実務を担当いたしまして、学校と連絡しながら、また教育委員会と連絡し、協力を求めながら既定予算を有効に配分する努力をいたして参っておりますが、それでもなかなか全国的レベルで優秀な人はだれだという判定資料というものはないわけであります。さりとて今度のテストだけでそれ
違法行為として処罰されることがあり得るという意味のことは念のため申しました。処罰すべきだなどというはずもございませんが、要は法律に違反したことはしないようにしようじゃないかということを申したのであります。
何でもなせるということならば、おっしゃる通り大へんなことだと思います。そんなことは法律のどこを探してもないことを私は承知いたしております。毎度申し上げておることですが、日本の教育、ことに義務教育につきまして、地方分権の建前で行なわれる姿になっておるということも承知いたしております。ただ例外的に、小学校については学校教育法二十条、中学校については三十八条に、とれも何度も申し上げましたが、教科に関することは監督庁がこれを定める、その監督庁は文部大臣とするというその法律に基づいて、教科に関することは文部大臣が責任を持たねばならぬ、また定める権限を与えるぞと例外的に法律で明記しておるのであります。その限度において教育内容に文部大臣がタッチす
もちろん仰せの通り手段であって、結果が出ましたならばその結果に立脚して可能な限りあらゆる改善の努力をすべき責任があると思います。ただ現実問題といたしますと、三十七年度中に、今度のテストの結果どういうことが具体的に反映したかという必然的な結びつきの御説明ができる姿では出てこないと思います。と申しますのは、概算要求の建前が八月末日に提出をするということで、各省ともやっております。途中の追加要求は認めないという建前だものですから、ことにまたこのテストの分析した正式の結果がはっきり出ますのは来年の三月ごろにならざるを得ない必然性を持っておるようであります。ですから三十七年度には当然反映できないと思いますが、それ以後において極力そのテストの物
おっしゃる気持はわかりますが、現実にはできないと思います。のみならず、何回も御説明申し上げておりますように、文部省の立場において、同時に、同じようなテストを全国的にやりますことは、もともと学習指導要領ないしは検定教科書というものが、指導要領に基づき、あるいは定めました教育課程に基づいて検定もされるわけなのですが、教科書のことは一応抜きにいたしまして、教育内容について、文部大臣という立場で相当立ち入って義務教育に関与しなければならないという建前になっていますから、その到達度がどの程度まできておるであろうかを知り、それを知った結果に基づいて文部省として直接責任を持たねばならない事柄の改善に資していこうというのでありますから、学習指導要領
お答えします前に、さっきのお尋ねに対するお答えに補足させていただきます。文部省として全国的な立場で必要とするテストでありますから、その結果の集計その他は、指示しました通りにしてもらわないと結果が出ないからその通りにいたします。そこでそのテストの結果を、都道府県、市町村の段階で、あるいは学校ごとの段階で活用されるということも期待しておるわけであります。そのことに文部省としてかれこれ容喙する意思は毛頭持っておりません。最も地域に即した立場において、その資料をその地域なりに自主的に判断していただいて教育の改善のために活用していただきたいということこそ思っても、その他にかれこれ申す意思は毛頭ございません。 それから第三の今のお尋ねに対し
民間テストでも信憑性のあるものは書いておきなさいと指示しております。民間テストは部分的であり独断的であり得る。今度のは全国的な立場に立ったテストであり、文部省が国民に責任を持つ良心的なテストでございますから、民間のテストに比べればはるかに信憑性のあるものと信じます。ですから、民間のものすらも信憑性ありと思ったものは確実に実施したら書き込みなさいとなっておるならば、もちろん書き込むべき筋合いのものと心得ます。さりとて書き込まなければ法律違反だと強制するという立場にはないと思います。ですけれども、望ましいことであると判断されることを地方の教育委員会が書き込まぬでもよろしいと文部省の意思に反して指示しましたこと、そのことは適切ではないと思
五年前から抽出テストをやり来たっておりますが、そのことについてはいささかも悪い批判は出なかったと思います。もっと検討すれば足りなかった点がある、加えたらどうだという批判はあり得たと思いますが、それが自主的に地力が判断されまして、いつも申し上げる六〇%を上回るところの参加校があるという事実は、抽出テストすらもがまさに教育的効果があったと判断されておるものと言い得ると思います。それをさらに竿頭一歩を進めて全国的テストにいたしますことは、今までの抽出テストと基本的なやり方において変わっていない。むしろ科目をふやした点においては前進しておると判断いたします。従ってこれを実施しまして、PRの仕方が適切でなかった、足りなかった、あるいは問題の出
法律違反は、違反した者が法律上の責任を負うことは、これは法治国で当然のことだと思います。それ以上のことは考えません。また教師一人々々が意見があるととも当然だと思います。意見を述べることは自由でもある。またよき意見は尊重すべき立場にも上司たる者は当然ある、そう理解いたします。しかしながら公務員である限りは職務命令には従わねばならないということは鉄則だと思います。意見があるからといって従わないというととは、意見があるというだけでもって違法性あるいは職務命令に従わないという不当性を阻却するものではないと思います。意見があるならばあるで、将来に向かってあくまでも意見を主張し、それを通すことを進言するという態度は公務員すべてに要求される態度だ
教育基本法第十条は、不当な支配に服してはならないと御指摘のように規定しておることを承知しますが、それの主たるねらいは、戦前、御案内のとおり、教育のことは、あげて天皇の大権事項として取り扱われ、教育勅語を初めとして、教育に関する制度はことごとく勅令をもって定めるということになっておったと思います。憲法がかわって主権在民になった。したがって、主権在民憲法に基づく支配は当然としても、その他の支配力は及ぶべからずということが建前であると私は理解いたします。国家権力が介入することのみを特に重点を置いて排除しておるというお説でございますが、国家権力といえども、法律に違反して介入することは不当な介入だから厳に戒めねばならないところですが、主権在民
主権在民の憲法のもとに、国権の最高機関として規定づけられた国会が定めた法律に基づいての国家権力の介入は当然のことであって、法律が守られる限りにおいては、国家権力が不当に介入するはずはないという意味において、教育基本法第十条の予定しておりますことは、おっしゃるようなことが主眼ではないと理解しております。
教育基本法は、あくまでも宣言的な内容を主としておると思いますが、憲法の趣旨に基づいて制定したという前置きがあるとおり、憲法が基本的に、根本的に変わった、その新憲法の趣旨に基づいて、不当な支配に屈することはできないんだということを官一言しておるのが主眼であると私は理解します。したがって、先刻も申し上げたとおり、法治主義を特色とする民主政治のもとにおいて、国家権力が不当に支配することはあり得ない、物理的にあり得べからざることですから、そのことを教育基本法でうたうはずがない。むしろ、さっき申し上げたような、戦前における、主権在民でない、天皇主権のもとにおいて慣行され来たったようなことが起こってはならないということを厳に戒めるという趣旨であ