現に、そういう悪用すると申しますか、これを根拠にそんな具体的なことがあるとすれば、それに対しましてその誤解を解いてやらねばならぬと思いますし、また実際問題といたしましても、事務当局は機会あるごとにそういう問題が起これば誤りのないように指導はしておるようであります。むろん御指摘のところは具体的にどこでありますか、それに応じて事務当局はむろん従来と同じように適当な処置をするものと期待します。
現に、そういう悪用すると申しますか、これを根拠にそんな具体的なことがあるとすれば、それに対しましてその誤解を解いてやらねばならぬと思いますし、また実際問題といたしましても、事務当局は機会あるごとにそういう問題が起これば誤りのないように指導はしておるようであります。むろん御指摘のところは具体的にどこでありますか、それに応じて事務当局はむろん従来と同じように適当な処置をするものと期待します。
言葉を返すようなことをまた申し上げておそれ入りますが、この学校内のことは、教育委員会に対して今度の法律の改正の厳密な限界点というものは、こういうものなのだということを言うのが主眼だったはずでありまして、どうかしてことさらつじの曲がったようなことでない限りは、御指摘のようなことは疑いもなく解消できると思いますが、教育長会議その他も行なわれるということになっておるようですが、そういう機会に念を押しまして誤りのないように指導したいと思います。
聞いております。
実情を詳しく存じませんので、見当を申し上げる以外に方法がございませんが、何とかそのもよりの中学校に応急的に収容して、授業に穴があかないように生徒たちを収容する方法はないものだろうか、そういうことぐらいは市当局あるいは市議会等が住民の代表という立場において当然考えてなし得る二とではなかろうか。またそういうことを県の教育委員会もなぜやらないだろうかということはよくわかりませんが、そのことが今政府委員が申しました根が深くて、感情問題になっていて、きわめて常識的に当面の措置として明らかな、子供たちにとって必要なことすらもなせないぐらいに感情が激しているのではないかと、まあ想像するわけでありますが、応急的に私はそういう手でも打って、そうして根
同感でございます。検討の上に善処したいと思います。
義務制にはできないと思いますが、極力御要望の線に沿う努力をいたします。
これは義務づけるということよりも、現実に御指摘のような、そういうかわいそうな子供たちがどうにか自分で自立していけるようなところまで育成するというところにあると思います。義務制にする、せぬということよりも、実質的に目的を達するという方向をたどることが妥当じゃないかというふうに考えましたから、義務制はちょっと私も考えられないんじゃなかろうかと、こういう考えであります。
第一には都道府県が自分の行政区域内にそういう切実な実態がある限り、政府からの示唆がなくてもやるのがあたりまえだと思うのでありますが、ですから都道府県自体では財政不如意なところがある、そのために気持はあっても実現できないということが多かろうと思います。それに対して資金をあっせんするなり協力をする。そうして人件費等その他におきましては、先刻政府委員からお答え申し上げたような道も一応あるわけですから、それを活用するというようなことで、都道府県へ協力していく態勢でいけば着々実現の方向に歩んでいくのじゃないか、こう思うのであります。そういう意味で努力したいと思います。
大体、税外負担が推計二百億円余りと承知しておりまして、そいつを五年以内に解消したいものだと、そういう考え方で努力したいと申し上げたと記憶しておりますが、そういう観点からいたしまして、できることならば四十億ないし五十億見当を毎年減らしていくということかと心得ておりました。事務当局を督励しながら、自治省とも十分相談をさせたわけでございますが、ここで申し上げました金額にはやや足りませんけれども、一応この見当で解消の方向に相当歩みを進め得たと思っております。
さようでございます。
確かに安いと思います。漸進主義で増額する努力をすべきものと心得ます。
もちろんそういう考えで努力をいたしますが、さしよりその趣旨を地方に十分わかるように通達したいと思っております。
仰せの通りでございます。
まあ野本さんの御指摘の点は、私も実は懸念する一つの事柄でございます。一体どこまで行けばいいのかという意味では、確かに不明確なところがあろうかと思います。そこで、特に義務教育課程について考えれば、公平でなければならない。いやしくも国民の血税を引き当てにして整備する以上は、不公平があってはならないという見地から申しましても、仰せの通りの一つの基準ができれば最も好都合かと思うのですが、さてしかし、その基準が何だということになりますと、私もわかりかねますけれども、考え方としては野本さんのおっしゃるような考えが当然あってしかるべきものと、こういうふうに思います。抽象論以上に申し上げかねますけれども、さらに検討もしてみたいと思います。
先刻の野本さんのお尋ねについてお答えを申し上げたわけですが、例を引かれましたのは、たとえばピアノの問題、オルガンから始まってグランドピアノに至るということを例を引かれたことに関して考えますと、父兄の気持あるいは音楽の先生の気持、なるべくいいものを備えて教えたい教わりたいとうことは、これは人情として無理からんことを思います。しかしながら、そういうことを思いつき希望する学校というものは全部が、あらゆる小中学校が、ことごとくそうであるともまた考えられない道理でございますから、個々別々のその場限りの思いつきのことが父兄負担となって現われておる。それが集計されたものなんだということならば、それを完全に解消するという場合には、共通的に、不公平に
高等学校の定数に関する法律案を提案いたしたいと思っており、もう一つ、私学関係の紛争処理について措置をしたいと考えておりますが、この関係にはいろいろと私学方面にも御議論があるようでありまするし、できることならば提案したいと思いますが、なかなか意見の調整等が難航いたしておりまして、まだはっきりと申し上げる段階に至っておりません。
はっきりと申し上げかねる意味もございますが、できることならば、五月、来月早々には提案したい。おそくも来月早々に提案したいというつもりでおるわけでございます。おくれておりますことは、一応の結論に到達しております内容を、できればもっと充実する余地なきやを検討いたしておることでおくれておるわけであります。
政府内部は一応事務的には結論的なところまできておりますが、与党との調整もございますし、そのほかもっとよくしたいという要望もあるやに聞いております。あまり具体的なことは、その辺はわかりませんけれども、要は、さっき申し上げましたように、もっと充実する余地なきやということを検討する意味でおくれているわけであります。
さようでございます。
非常におくれておりまして遺憾でございますが、まだ一縷の望みを、私学方面の御反対がございますが、相談をして提案をする場面になり得るのじゃなかろうかと希望をしておるところでございます。しかし、非常にむずかしかろうとも思っております。