趣旨においてお説の通りだと思います。私がそのことを知る知らぬにかかわらず、あるいは関連して考える考えないにかかわらず、そのことは今後に向かって検討すべき課題として取り上げる以外には、事実問題としてどうにもなるものじゃありません。問題の所在を御指摘いただいた意味においてありがたく存じておるわけであります。
趣旨においてお説の通りだと思います。私がそのことを知る知らぬにかかわらず、あるいは関連して考える考えないにかかわらず、そのことは今後に向かって検討すべき課題として取り上げる以外には、事実問題としてどうにもなるものじゃありません。問題の所在を御指摘いただいた意味においてありがたく存じておるわけであります。
まあそういう意味で、三十六年度予算におきましても及ばずながら従来よりは育英の対象を多くする、また内容も充実するということで審議、御決定をいただいておるわけでございます。一挙動ですべてを解決できないのが実情でございますから、今後に向かって努力を積み重ねていきたいと思います。
生活保護の関係は私の所管じゃございませんから、ここで私が勝手に申し上げる立場ではなかろうと思います。しかし、まあ政府の一員として検討を加えてみたらいかがであろうと思っております。
ちょっと具体的なことでございまして、今までのやり方、ないしは今度の特別奨学の実施について事務的な検討をした立場でないとお答えしにくに課題かと思いますので、説明員から御説明を申し上、げます。
定時制の方は職場についておる者が大部分だと推察されるわけでございますが、それは先刻、説明員からも申し上げました通り、その家庭の事情によってやむなく職についておる、その中から選ぶという場合に、パーセンテージをある程度違えて実施する計画をすることも、ある程度理解ができるように私は思います。さらに詳しくは、実態を正確に把握してじゃないと断言はできないと思いますが、気持としては、そういうことでやっておるのであります。
私立大学が日本の大学教育 大学に限りませんけれども、私立の学校が日本の教育に非常な貢献をして明治以来今日まできておることは御承知のことであります。文部省としましても、ずっと続いて私学の果たす役割を十分に念頭に置いて施策が行なわれてきておると思うものであります。現に御案内の通り、科学技術教育に関しましては金も要ることだからというので、法律までも作っていただいて、及ばずながら助成をし続けて参っております。今後といえども科学技術庁長官の勧告のあるなしにかかわらず、私学に十分の御協力を願わなければならぬことは当然であります。また、勧告がありました当面の課題としても、勧告の趣旨に従って、一そうの努力をせなければならぬと、かように考えておるの
私立大学を初め、私立の学校は申すまでもなく、原則としては民間資金をもってまかない、また、大学の経営、運営につきましても、自主的にやりますことは、国立、公立の場合よりも、当然のことではございますが、自由に原則としてやるという建前。ただ、教育というものが、その学校に入ってきます学生、生徒の立場も考えて、教育効果のレベルを下げないようにという公共性の建前からも、文部省としての、政府としての国民に対する、また、私学それ自体のためにもということで考慮されて、大学設置審議会等、法律に基づく審議会等も作られて運営されてきていると思います。その運営につきましては、私の承知する限りでは、設置基準等は、国公私立同じものを適用して教育レベルの低下を防ぐと
今度の勧告なかりせば、さっきも申し上げましたような、大学の設置基準そのものの再検討などということは、おそらくチャンスに恵まれなかったと思います。その点だけから申しましても、私はいい勧告を出していただいたと思っておりますが、むろんこの場限りのことでなしに、おっしゃるようなおおらかな気持、考え方で、誠意をもって検討を加え、善処したいと思っております。
設置基準のことに触れましたが、御指摘の通り、これをただゆるめてルーズにする方向に持っていくなぞとは考えておりません。先刻も申し上げましたように、今までの設置基準というものは、はたして世界的に特に急テンポな進展を遂げておる科学技術教育の面におきまして適合し得ているかどうか、無用なことがありはしないか、足らないところがありはしないかという角度から、それぞれ専門の方にも御相談申し上げて再検討をいたしたい、こういう趣旨と御理解いただきたいと思います。むろん財政措置をもって私学の振興に努力をすることも当然のことでございまして、三十六年度予算にも、何がしかのそのための経費は持っておりますが、三十七年度以降につきましては、さらに勧告の趣旨もあるこ
科学技術者の養成の緊要性は、及ばずながら私も感じとっておるつもりでございますが、さらにもっと緊迫感を持って将来に向かって努力しろという意味の勧告をちょうだいして、実は大いに歓迎しておるところであります。さっきも申し上げました通り、あらゆる手段を尽くして国家的要請にこたえねばならない、かように考えております。
予算を伴う問題は、先刻お答えしたことで御理解いただきたいと思います。 私学について、国の予算なしにやれるところは、もちろんそれを推進せねばならないと思います。その意味では、何と申しましても、私学の経営費の大宗ともいうべき民間からの寄付金がもっと集まりやすくする方法はないか、こういうことで昨年来大蔵省とも折衝をいたしまして、法人税法の施行令の改正をもくろんで、概略今までの約倍くらい、具体的な数字は推計でしかございませんけれども、二百六、七十億くらいはこの純増を期待できるのじゃないかというふうに思っておりますが、そういうことをやることも、もちろん必要でありますし、さらに、個人の寄付が税金面で優遇されるような措置が講ぜられるべきだと思
怠慢だとおしかりを受けていることは恐縮しておりますが、しょせん微力のいたすところとも思いますけれども、ただ、三十六年度の国の予算、これに関連する法律案等は、予算はすでに御決定いただきましたが、法案等は今御審議をお願いしつつあります。その関連する限度内におきましては、いささか前年、前々年よりは努力はしたつもりでございますが、幾らやってもやり足りないくらいに、科学技術の進歩発展のテンポの早さに比べますると、怠慢だと言われても仕方がないくらいの努力でしがなかったようにも思います。いずれにしましても、前向きに今度しっかりやれという御勧告を受けたと、ありがたくちょうだいをいたしまして、微力にむち打って最善の努力をしたいと思っておるところであり
ただいまお答え申し上げた通りでございます。
私学で養成すると質が低下すると一般的に考えているわけじゃ毛頭ございません。特に理工系を中心とする科学技術者の養成ともなれば、教室だけではいけませんし、実験、実習設備が伴わなければほんとうにいい人が養成できないことは、これは常識だろうと思います。これは国公私立を問わず、当然そうあるべきだ、そういう角度から、先ほど申し上げました設置基準等が、もともとは私学みずからが自主的にやるので、設備の伴わない変な大学が戦後横行したものですから、質の低下を憂えて設置基準なるものを自律的にきめられた趣であります。そのことを文部省で私学とも十分御相談の上で取り入れて、設置基準が文部省令で定まっておるようでございますが、ととろが、だんだんと落ちついてきまし
私学に一万人の増員計画があるということは、今長官からも言われましたように、文部省としては承知していながったことは事実でございます。と申しますのは、なるほど私学に積極的に働きかけて、実態調査等もしつつ話し合いをすることがあったならば、もっと前に知り得たとはむろん思いますけれども、何せ私学を積極的に国としてどうするということは、事実問題として制度上もできない建前にもなっておると思います。ただ、科学技術教育には、先刻申し上げましたように、金がかかる。しかも、国家的、社会的要請にこたえて協力してもらう、金のかかった教育もしてもらうという以上は、国としても何らかのそこにわずかながらでも助成金を出すのが至当であろうというので、科学技術教育関係の
お尋ねの点は、一万人計画ということかと拝察しますが、それにつきましては、今申し上げた通り、文部省として知り得ます私学の要請、増員計画というのは、正式に書面をもってそういう意思のあることを表明していただきませんと、正確にはわからないことは申し上げるまでもございません。そういう意味では、昨年の秋に一応出してもらって、それが約一千名ちょっとだったと思いますが、それはほとんど一つも残さないで、大学設置審議会の議を経て認可をいたしまして、先刻申し上げたような措置をとりつつあるわけでございます。もちろんそのほかに、私学が内心それぞれ考えておる案画は、それはあろうかと思います。しかし、それは卵の状態であって、まだひよこになっていませんから、ひよこ
いや、格別聞き捨てにならないと開き直って考えるほどのことではないと思います。今も申し上げました通り、前向きに科学技術者の教育をしっかりやれ、教育の担当者である文部省しっかりせよということを言っていただくのは、むしろありがたいようなことでございまして、それをいろいろな注釈の際に、用語がはなばなしかったり何かいろいろございましょうが、基本的な趣旨は、内閣の閣員の一人として、三十六年度の予算及びそれに基づく諸計画、これは当然長官といえども、責任をもって国会の御審議をお願いしておる立場であります。それ以後に対して前向きに、あえて三十六年度に限らず、所得倍増問題だけを考えましても、昭和四十五年までの前向きの姿勢でもって、もっともっと努力すべし
ある程度の数字の相違はあるようでございます。新聞に、何か文部省の事務当局が反発したような数字を発表したように出ておりましたようですが、私は瞥見しましたけれども、そういう考え方は文部省としては全然ございません。たまたま新聞記者諸君から個別的な数字を聞かれて言ったことが、あたかも反駁するために話したがごとく報道されたのが真相のようでございます。そんなことは別といたしまして、池田長官も委員会の席で申しておられましたように、数字のこまかいことの一々が問題じゃない、大筋が自分は関心事であって言っているのだということを言っておったようですが、それが真意だと受けとめているわけでありまして、ある程度の数字の違いがございますのは、聞いてみますと無理か
まあ、ある意味では、結果的に差別らしきことがあるとも言えないことはございません。まあ妙な言い方でおそれ入りますが、それはたとえばこういうことであろうかと思うわけであります。大学を設置します場合の新設の場合、あるいは学部の新設の場合等、教授陣はこういうことでなければならぬ、実験、実習、研究設備はこうこうこういうことでなければならぬ、建物はこうであるべきだという基準というものは、国立、公立、私立に差別して適用する意図は全然ないわけでございます。ですけれども、国立になりますと、予算は毎年々々組まれる。従って、大学を新設いたしましても、四年制大学を新設すると仮定いたしましても、その初年度分の予算が成立いたしまして、そうして学校は発足する。し
池田長官の勧告は、これは大筋として筋が通っておると思います。註釈等の用語の不適さ等は、あるいはあるかもしれませんが、大筋は今の時代の要請に応じた適切な勧告であると思います。それに対しては寛容と申しますか、ありがたくちょうだいするのが当然と心得ております。 日教組と交渉するしないという問題は、私は筋が通らないから、ごめんこうむった方が適切だと、かように考えているわけであります。