お説の通りでございまして、まことに遺憾しごくでございます。
お説の通りでございまして、まことに遺憾しごくでございます。
御指摘の通り、もちろん今政府委員から申しました通り、文化財を保管しておるものが主たる責任をもってやるべきは当然ですけれども、国がやはり協力する、指導するということは、むろん必要であろうと思います。
五ヵ年計画策定の計画と必ずしも私明確に念頭になかったものですから、発言を差し控えましたが、お説のように、教育施設をできればもう理想的な状態に持っていきたいという気持でこの問題と取っ組まねばならぬと思います。ただ、実際問題は、五ヵ年計画等策定するにあたっては、大蔵当局との大筋の話がついていなければ、これは画餅でございますから、その点に相当苦心が今まで払われたと思いますけれども、いかなる苦心がありましょうとも、毎年毎年なるべくよくするようにという考え方で全努力を傾けねばならぬと思います。五ヵ年計画の改訂等につきましても、今政府委員から申し上げましたような考え方をもって今の心がまえで対処したいと思います。
僻地教育が十分でないことを私も見聞いたしております。今御指摘のいろいろな問題につきましても今後もちろんうんと努力しなければいかぬと思います。ただ、予算の折衝過程から考えますと新規のことを取り上げるのはなかなか鉄壁を破るようなことで容易でない。どうやら口あけができましたから今後はもう少し幅を広げて要望をし実現を期したいと思いますと同時に、義務教育課程における生徒急増対策がどうやら施設設備の点では一段落的になりまして、教育関係の従来の予算から見ましても幾らか気分的にゆとりが出たような気がいたしますので、そのゆとりを僻地教育等にも特に大蔵省と折衝いたしまして今後重点的に成果を上げていきたいと思います。
あらためて考え直す必要を認めません。と申しますのは、私は日教組という団体はみずから規定しているがごとく、労働者という立場――広い意味での勤労者という意味かと思いますが、勤労者の団体とみずから規定されているその勤労者の団体、労働組合の代表者と文部大臣が交渉をするということは、すでに御指摘の通り、そういう立場にお互いにない、あくまでも地方分権の建前から都道府県段階以上の交渉相手というのは法的に認めないということが適切だという制度になっておりますから、従って労働組合として、労働者の団体、勤労者の団体という立場におきましては、交渉相手はあくまでも都道府県の教育委員会でなければならない、これはもう制度上当然のことであって、何ら一点の疑義もない
お答え申し上げます。よき日本人を作るのが教育の目的であるということは米田さんも御同感であります。そこで、その中身が問題だというふうに非常に被害妄想的な御懸念の御質問のように受け取れますが、よき日本人の中身というのは、憲法の精神を苦笑に身に体したもの、抽象的にいえばそういうことだと思います。よき日本人、もしくは民族主義的に聞こえるようなことをいえば、また戦争になるがことき御心配も御言葉の中にあったようですが、そういうことはあろうはずがない。日本人のことごとくが戦争なんていやと思っている。しかも、そういう傾向を帯びる場合に、国民にかわって制約すべき国権の最高機関があるその構成員は、主権者たる国民が選挙を通じて、もろもろの選挙を通じて自分
お答えすべき限りじゃございませんが、私が日本の国土はりっぱだ、よきところに国作りしてくれたと、私は心からそう思っておりますが、それは三、四年前に私も世界一回りをしてみまして、敗戦国日本人の一人として静かに観測した結論でもあります。また学校の先生たちが、このごろわずかずつではありますが、毎年海外旅行され、帰ってこられた感想も聞きますが、ほとんど、ことごとくといっていいほど、皆さんが私の申し上げたのと同じ感想を持って帰ってこられるようであります。客観性のある私は観測だと思います。しかし、短所もうんとありますから、その短所はわれわれの国土であるがゆえに短所を補う努力をするということのよすがにもなろうと思うのであります。そういう意味で申し上
大体の考え方につきましては、今政府委員からお答え申し上げましたが、すでに話が出ましたように、法律上教員になることを業務づけることは、今の憲法解釈とからみまして困難だと思って、そういうことはやっておらないわけでありまして、ですから制度の上に立って確信あるかとおっしゃれば、確信ありとは申し上げかねる道理でございます。しかしながら、一般に民間からの中級技術者、技能者と申しますか、所得倍増問題にからんだだけを推定いたしましても四十四万人足りないという、足りないその需要先は一般民間であります。この学校を卒業した人がスカウトされる行く先も一般民間が大部分だと思われるわけでありますが、その民間からの誘引することそれ自身を取り締まったり、また押えつ
私も憲法学者ではございませんから、この憲法問題についてはあれこれ申し上げかねますが、政府としてこういう法律案を提案しますときに、むろん事務当局で学者の学説等は勉強はしたろうとは思いますが、よしんば勉強しましてもそれだけで結論が出ないことは御趣旨の通りであります。政府としての提案上の憲法との関連は、有権的解釈というか、政府としての最終的解釈は、法制局で審議する場合の話でございます。法制局で政府にかわって学説等も勉強し、その見地に立っての法制局の審議過程においてそういう解釈で参っておる、こういうことでございます。
大体御指摘の通りでございます。それといいますのも、一方におきまして育英奨学をうんと大幅に前進させようという課題との現実問題としてのからみ合い、その方をふやすことによって工業教員養成所の方にも育英奨学の資金を流し得るような人がたくさん入ってくるという配慮をするならば、一挙両得じゃないかというがごとき、いわば打算的なことではありますが、そういう気持も手伝いまして、当初貸費制度を考えましたけれども引っ込めた、卒直に申し上げればそういうことでございます。
なお一般的にどういう心がまえでおるかという御質問の趣旨もあったように拝察いたしますから申し上げます。 大体文部省といたしましては、今まで、大学の先生を初めとして、先生の給与が戦前に比べてまだ劣っておる、特に大学においてそうだ、高等学校またしかりでありますが、せめて物価指数から推算いたしましての戦前の水準までは早く持っていきたいということが年来の文部当局としての主張であったわけであります。昨年の人事院の勧告によってある程度その方向へ近づきまして、十分じゃございませんが、一応成果を上げたと思います。これはこれで終わりじゃないので、戦前並みよりはもっと上をねらって給与というものを考えることが教職員の場合は必要じゃないかという考えを持っ
ただいまの御質問に対しましても、今お答え申したことで一応お答えになろうかと思います。公務員の給与の問題は、政府もむろん努力いたしますが、具体的には人事院の勧告の線によって決定づけられるわけですから、そういう努力を今後も続けていく。目標は戦前並みではなしに、戦前以上であるべきだという目標のもとに努力をし続ける。しかし、今の時点で考えるとすれば、三年制度の大学でありますけれども、相当詰め込み教育もやるわけですが、その能力においては四年制度に匹敵することを目ざして教育していこう、そうして現実の需要にも応ずることにしたい、そういう角度から、せめてもの給与上の優遇措置と申しましょうか、そういう考慮を払いたいというのが今政府委員から御説明申し上
憲法論議もさることながら、職業選択の自由という基本的人権、これにはなるべく触れないでいけるものならその方がましだ、こういう考えは大前提として気持の上ではむろんあったわけであります。御説の通り義務づけなければ民間からスカウトされるのを防ぎようがないじゃないかということも、むろん気持としては同感でございます。ですけれども、先刻来申し上げましたようなあらゆる手立てをやることによって、また本人が教職員たらんと欲して入学した以上は、本人の牢固たる意思を信頼して、そうしてやっていければ、その方がベターじゃなかろうか、そういう気持が先にありまして、義務づけるという条項が少なくとも憲法上疑義があるということだけはわかっておりましたから、そういう原案
この原案を提案しますまでの段階においては、むろん法制局の審議を経まして御提案申し上げているのです。法制局の最終的な憲法との関連における解釈は、今の御答弁によると、相当時間をかけて検討しなければ最終的な結論は出ないようなお話ではありますが、少なくとも疑義があるということだけは法制局におきましてもはっきりいたしております。憲法との関連において疑義のあることを提案すべきじゃないと思ってこの提案をしているような次第でございます。従って、さっきも申し上げましたように、今この席で直ちに原案を修正するということに賛成かどうかというお尋ねに対しましては、私はノーと申し上げるほかにない、これでいきますのがベターだと思っております。しかし、義務づけてお
現実問題としては、法制局でこの法案の審議をなされた過程において、当然そういう課題にも触れて、なおかつ疑義ありという状態においては、時間的にいかがかと思います。しかし、観念的に、国会の御意思がそういうことであるという場合に、かれこれ申し上ぐべき立場でもなければ、筋合いでもない、こう思います。
お答え申し上げます。私が就任当時に公開の席で話をしましたときに、教育基本法の問題に触れたことがございます。そのことをめぐりまして一再ならず国会でも御質問がございまして、それにお答えしたという形で話題に上っておると承知いたしております。で、私が基本法に触れて、ある公開の席上で申しました意味は、日本の教育のみならず、政治の全般にわたりまして、戦争終結、敗戦、占領ということに関連をして、そうでなかった国に比べて非常に違った条件に置かれておる。憲法すらもがまさしくその一つの課題だ。憲法の趣旨にのっとって教育基本法が、教育の面ではいわば教育憲法というふうな立場において制定されて今日に至っておる。占領当時の占領軍の意思によっていわば与えられたよ
お答え申し上げます。憲法は英語で書いた要項が与えられたことをスタートラインとして原案が作られたと承知しておりますが、教育基本法は、刷新委員会というものができまして、日本人だけで構成する、教育に特に関心の深い、また権威者の方々が集まられまして、刷新委員会で原案を作られて、戦前の教育勅語を中心とする教育の基本理念なり、基本制度がすべてこれは無効なりと宣言された直後、空白状態になった。これでは大へんだというので、これらの方々が原案を作られて、枢密院の議を経て国会に提案せられて審議決定せられたということと承知いたしております。ですから、その形式だけを申し上げれば、いわば民主的に、押しつけられないでできたと言えないことはないと思います。それは
戦争というものはあってはならない、あらしめてはならない、そのためのあらゆる努力を人間はすべきだ、日本人は特にその努力をすべきだと思います。占領政策がきびしかったということを通じまして、戦後十六年を経た今日われわれが静かに反省してみましても、そのきびしさの中から生まれ出たものがいいものがたくさんある。またしかし、戦いに勝ったものとして保障占領をしておるときに行ないましたものの中で、見当違いの、日本人の伝統的なよさも見失い、悪いところはうんと目立ったでしょうが、よさも見失い、歴史も無視し、もしくは日本の国の国民的な力もこれを解体するというがごとき野望もなしとはしなかったと思います。そういう見当違いから生まれ出たきびしさのゆえの、今日静か
お答え申し上げます。教育基本法が、御指摘のごとく平和を打ち立てていく、民主主義をさらに進展さしていくという基本的な線に立って憲法の趣旨に基づいて制定されておる前文の趣旨にいささかの異存もございません。私は憲法ももちろん再検討さるべきだと、一つの課題だと今でも思う。かつて、しばらくではございましたが、憲法調査会の委員をしたことがありますけれども、そういうことを通じましても、私自身今の憲法が貫いているところの平和主義あるいは民主主義あるいは国際協調主義というがごとき基本的な観念は、考え方はいささかも異存はありません。これはおそらく全国民そうだろうと思います。ですから、その角度からのお話だとすれば、教育基本法につきましても一つも疑念は持た
お答え申し上げます。ちょっとお言葉を返すようなことを申して恐縮ですけれども、教育基本法の審議のときに希望意見を出された、自由な気持で御発言なすった、それはそうだろうと思う。しかし、希望意見があるならば、当然原案が修正されることこそが国会の場の責任を果たすやり方だと思うのですが、それができなかった、やろうにもOKは、アプルーヴァルはもらえないという情勢でございましたから、せっかくのそういう貴重な御意見も、基本法の原案を改善するに至らなかったというくらいにきびしかった。そういう環境のもとに生まれ出た教育基本法がそのままでよろしいか、そのままでよろしいと結果的になるにしても、再検討をすることによって国民が再確認するという必要があろうという