間違いないと思います。
間違いないと思います。
政治部将校エルマーラエフ上級中尉は口頭で答えました。それを私が要点を控えて置いて、そうしてそのあとで通訳したのであります。
私は勿論徳田要請のあるかないか、存否一般について別に何もお話することはできない。ただあのときあの場合の通訳として私が関係し、知つておる事実についてだけお話します。 時は一九四九年九月十五日、場所はカラカンダ第九分所、この当時第九分所長は親衛中尉、近衛中尉とも言われますが、親衛中尉のマツシエルスキーは、日本に帰還する日本人俘虜輸送のために留守でありました。これは九月六日に出発したと記憶しております。でこの日は所長代理シャフイーフ中尉が出ておりました。これは元来被服その他主計業務をやつておりました。この第九分所は九月六日、それまでいました日本人約千人が帰還のために出発したあと空いていたのであります。そこへ九月七日頃、日は正確でありま
私はずつとカラカンだにおりましたので、カラカンダ以外でそういうことを聞いたことはありません。又カラカンダ地方でも直接帰還と冠して徳田書記長の名前が出されたということは記憶しておりません。ただ日本新聞紙上には勿働徳田書記長がそういうことを期待しているというようなことは載つておりました。
そういうことを言われますと、ちよつとはつきりその言葉通りのことは記憶ありませんけれども、例えば日本人の代表を集めて会議をする場合など、ソ連の政治部将校が徳田書記長万歳というようなことを言うことは勿論あります。
その解釈の問題、通訳として何とも言えないデリケートな問題であります。
私その前に通訳しておりましたときの印象を申上げますと、実はこの政治部将校の答えは、逃げたなという感じがした。実は日本人達の要求しておるのは帰還の正確な期日であり、而もそれができるだけ近いことを希望したのであります。ところがこの爺さん、政治部将校は、実際客観的に帰還の期日を言わないで、諸君がよく働き、そうしてよく本当の民主主義的になるというような、日本人自身の主観的な條件に委して答えを逃げたなという感じがしました。それから又徳田書記長の名前を出したのは、私自身の印象としては、政治部将校として、徳田書記長が期待しておるのだからますます一生懸命勉強しろというような、政治教育、そういうような意味だろうと思いますが、その場の雰囲気からは、却つ
目にし聞いたことはありません。
間違いありません。
期待する。
今委員の方から、この言葉を普通聞く方の側の印象はどうかと言われましたが、私も正にそのことを述べたいと思つたのであります。第一に、日本人捕虜としまして、四年間帰国の時期について、又帰国の人数について具体的に正確に示され、又それを守られたことは余りなかつたのであります。我々は四年間絶えず帰国については不安と希望との間に暮しておりました。ですから殆んど毎月といつてもいいくらい帰国についてはいろいろ自分達で推測し、臆測し、いわばデマを作り上げて、それが崩れて幻滅の悲哀を味合うというような生活をしておりました。第二の心理的の條件としましては、特にあの時に第九分所に来られた人は、イズヴエストの方から来られた人達は帰国のたびごとに除外されて来てお
私はいわゆる証言が事実そのまま、言葉そのままではない、ズレがあると、そのズレが大きいか少いかということは、これは立場によつて、解釈の立場によつて違うのではないかと思います。併しながら日本共産党やアカハタ紙が書いたように惡質なデマである、陰謀であるというのも又あの人達の心理を考慮しないところの考えではないか、批評ではないか、こういうふうに思つておるのであります。
九日附アカハタ紙を私は私の近くの駅の掲示板で見まして、幾らか不安を感じたわけであります。というのは、報告の原文をそのまま載せていない。而もその要点として、私が報告に書きもせず、又言いもしないものを掲げておる。例えば久保田氏達の証言は事実を全く作り変えた悪質なデマであるということをその要点として載せておる。私はああいうふうには語りませんでした。又勿論書きもしませんでした。今淺岡委員さんにお答えした通りの気持を、私の感想を述べただけであります。で早速その次の日、十日の朝に朝日新聞と、それからアカハタ紙の方に抗議を申込んで置きました。どちらも載せられはしませんでしたけれども……。
まあ文章は同じではありません。
朝日新聞の「声」欄というあの読者の声を載せるところがあります。その「声」欄として出しました。速達で出しました。
第一番目に、報告の原文を載せないで、私が書きもせず、言いもしないところのものをその要点として掲げているという点、それから第二番目には、肝腎の政治部将校の原文を、露文だけ見えるようにして、その訳文を載せていない。こういう二つの点について言いました。
そういう人が多いと言いますと、どういう範囲ですか。
いや、結構です。
私としてはあのように聞き、あのように通訳したと申すより外ありません。
第一の問に対しては、ここで申上げましたように聞き、申上げましたように通訳したと答えるより外ありません。第二の質問に対しては、特に徳田という名前を出しました。