これは不公平ではない。地方の差がそういうぐあいになつておるのでありまして、私がやる以前からもやはりそういうぐあいになつておつたのであります。
これは不公平ではない。地方の差がそういうぐあいになつておるのでありまして、私がやる以前からもやはりそういうぐあいになつておつたのであります。
その点につきまして、調査員の鈴木さんも実例を調査して帰られたはずなのであります。
収穫云々ということになりますと、たとえば八合とれる地方に一升とつたからその一升を追求するならば、だれもみな惰農になつてしまう傾向が百姓の中に出る。収穫云々では実際に決定できないのでありまして、昔小作料をとる基準でありました合酌というものがあります。この合酌を基準にいたしまして、大体それと平均割というものを勘案する。私になりましてから、供出割というものは部落の総会で決定しておる。以前は役員だけでまかなつておつたのですが、私になつてから今まで食えないということを聞いておつた関係上、部落の総意でやつておるような次第で、不公平な面は全然ないと思います。
そういうことはありません。
ひがんでおるのだと思います。
それは二十二年度におきまして、総会でどういうぐあいにきまつたかと申しますと、二十一年度におきましては、私は責任者、いわゆる食糧調整委員ではなかつたのでありますが、合酌割を五割、平均制を五割、いわゆる田圃がよくても惡くても、二百石來たら百石は全部の面積で割る、あとの五割はいわゆる四合とか三合とか二合とかいう合酌で割るという割り方をいたしておつたのであります。これによつて非常に飯米のない——これは大体平均で八合私どもの部落へ参つたのでありますが、そこへもつて來て隠し田を一部の人が持つておつた。二十一年度におきましては、それがために保有米のない人が非常に多くできました。いい田圃の人は軽くて、惡い田圃の人は泣いたわけです。その総会で決定いた
そうです。そういう決定が部落でなされたのです。
二十一年度私が食糧調整委員——当時はそう申しましたが、なりまして、そういうぐあいに決定いたしまして、その結果轉落と供出する者の境目、一斗供出するか、五升供出するかという境の人が供出しなくてもよくなつた、そういう人が多かつたわけです。 二十一年度には供出しておつたが、二十二年度には供出しなくてもいい人が、いわゆる供出割当のやり方によつてそういう人が起きて來る。その決定は部落の総会できめた。
私はそう聞いております。
いや、そうじやないのです。だからその地方は大体正しい、そういうような主張でそれ一本でやられたわけです。非常に逆説のようでありますけれども、農民は合酌一本で地方を現わしたものだから、合酌一本で割つてもらえばいい。
大体私の部落では、いい地面は五合とか四合八勺とかなつておつたのです。そうするとこの地主さんのきめた地方一本で割つてくれ、こういう案が採決されまして、それがために惡い地面をつくつておるような、いわゆる供出するかせぬかという境目の人が供出しなくてもよくなつた。こういう人が数人おつたわけです。現在二十三年度、二十四年度におきましては、供出をしております。だんだん供出が、また割当が変更しましたから……。
そういうことを申しますと、私はいい例を申し上げるのでありますが、私は七尾市近辺なんですが、七尾市の麦の割当なんか非常に少い。私は隣部落なんですが、七尾市におきましては、七十何石くらい割当を受けておるのに、三十何石くらいなんです。これは問題にならないのです。こういう面から言つて、割当の基準が非常にあるものとないものとが出ておかしいのではないかと言われると、これは総意できめて行くものだから、一つの要綱だからそれは私だけでしたのではなくて、部落の総意なんだから……
働きに行くなという問題は、私がそういうことを取上げたんではありませんが、農民組合というものができているので、いつか時日は私は忘れましたが、二十二年度の春に土地の不法取上げされたいきさつから省三さんと非常に紛爭しておつたわけです。これは農地委員会でも耕作権は農民組合が、縣の農地委員会でも耕作権はわれわれが獲得したのでありますが、この問題に強引に反駁されまして、敞田省三さんが製材部と言いますか、私の部落に製材を持つておるのであります。この製材にわれわれが材木を畔の水板とか、あるいはちよつとしたものをひかしたのであります。それをこういう人間とこういう人間、いわゆる農民組合の幹部、あるいはこういう人間の材木はひくなというリストをつくつて製材
そうです。
どういうことですか。
それはあつたかなかつたか私は知りません。書いたものを渡したということは私は聞きましたけれども、ひいたか、ひかないか、私は木をひかせるような能力のある農民ではありませんから私は知りません。
その責任ですね、課税というのは何か知りませんが、これは税務署あたりにも非常にあるのでありますが、どういう課税ですか。
これは町村議会に責任があるのです。どうい町民税、縣民税の割方をしておるかと言いますと、本日町長も呼ばれておりますけれども、貧しい部落も富んだ部落も世帯数で一律に一戸、百円あてというような割当がなされて來るのであります。これを部落に割当てて來まして、そこでわれわれに内申させるのです。その結果貧富の差のはなはだしい部落におきましては、差をつけないところはに割れないのであります。そうして粒のそろつた部落ですと、やすやすと平均点で上つて來る。あるいはボス勢力の強いところですと八割で上つて來るというような形が現れて、そういうぐあいにやむを得ず私の部落では力のある人によけいかけてもらわなければならないという現実が生れて來ておる。それで私たちがな
その点におきましてはここで申し上げましてもおわかりにならぬかもしれませんが、升幸次郎は私の部落では住宅におきましては、大体二番目ぐらいの家に住んでいるのであります。庭園なんかにおきましても二番目ぐらいの庭園を持つておるのであります。いわゆる牛小屋もあり、納屋もあり、倉もおる。そうして牛も置いているのであります。私どもの部落には牛を置いている農家といいますと、二、三軒おるかおらないのであります。表藤七というのは、私の本家であります。一ぺん壞滅した家でありますが、私は本家だからといつて擁護しておるのではありもせん。壞滅した家でありまして、決してそんないわゆる上位の階級ではないのであります。
要するに地位の高いことをみずからやや誇りにしている人です。