西
西川英三
元油糧配給公団副総長
1949-12-21
衆議院・考査特別委員会
会費として出すのですから……
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会費として出すのですから……
そのときには入る見込みで、確実にあつたわけです。
その点は私は会計をやつておりませんから……
百八十万ないし二百万くらいの予算を立てたと思います。
はい。
……
私はそのときに、今御指摘になるように、それは経理上まずいとか、そういうことは考えなかつたわけです。
はい。
当時理事会においても、その点については掘り下げて問題にならなかつた。
……
……
……
はい。
はい。
その責任は決して回避するものでありませんが、当時の事情から言いますれば、二十一年からそういう費目ができて、そうしてそういうことを行つて来たわけです。公団ができましたのは二十三年の二月ですから、今まで一年ないし二年やつて来ていることです。公団になつて初めてそういうことがあれば、もつと愼重な検討が当事者閥になされたと思いますが、継続された方式であつたために、深くこの点を掘り下げずに、そういうことが行われたということになると思います。
その点は特に私は官庁の経験を持たなかつたために、経率であつたというふうに思つております。
公団制度をつくるときに、そういうふうなものはつくるべきではないじやないか。やはりビスネスをやるのだから、一つのせいぜい公社的なもので行くべきじやないかというので、ほんとうを言えば公団というものがどんなものか、言葉は惡いが、日本人はだれも知らなかつたんじやないかと思うのですが……
そのときに頭の切りかえをやらなかつたということについては、御批判を受けます。
しかしそのことについては、私の性格はおそらく今までの証言を通じて、よくおわかり願つたと思つておりますが、知つていることははつきり知つていると申し上げているはずです。
はい。