農林事務次官で列席されたのは、笹山さんでありますから覚えておりますが、その時は波多野さんでしたか、平野さんであつたか、あるいは周東さんであつたか、その点見当がつかないのです。二十三年二月の農林大臣はどなたであつたか、お調べになつたらわかると思います。
農林事務次官で列席されたのは、笹山さんでありますから覚えておりますが、その時は波多野さんでしたか、平野さんであつたか、あるいは周東さんであつたか、その点見当がつかないのです。二十三年二月の農林大臣はどなたであつたか、お調べになつたらわかると思います。
兼職の承認ですね。
兼職の承認のときの農林大臣ですね。波多野さんか、永江さんか、どなたかだつたと思います。
周東さんは関係はございません。私もそのときに周東さんのお名前は出してないはずですが、何かの間違いじやないでしようか。
はい。
現在は中日貿易協会の副会長です。
油糧公団発足の昭和二十三年二月二十日から昭和二十四年六月二十四日までです。
油糧配給公団法によりまして、大豆及びそのほかの指定されました油の原料の一手集買並びに指定油脂という中に入ります統制されることを指定されました油の販売並びに当然それに伴つて起ります保管、輸送等の仕事が油糧配給公団のおもな仕事であります。
ありました。
油糧産業株式会社と申しますのは、油糧配給公団は昭和二十三年二月二十日に発足したのでありますが、それまで油の原料並びに油の一手買取りというものは、統制会社という形で行われておつたのであります。その会社の名前は帝国油糧統制会社と申しまして、その帝国油糧会社の従業員は原則として公団の発足と同時に引継がれたのでありますが、戰争中に大政翼賛会の末端の仕事に若干でも携わつておつた人並びに在郷軍人会のいなかの分会長をやつたという人、それからどうしても役人になることはいやだというような人たちが出たわけでありますが、そういう人たちが公団発足のとき以前におきまして、一つの商事会社をつくりましたのが、油糧産業株式会社であります。
私の現存の記憶では昭和二十二年の末にできたと思います。
できない前であります。
目的は一般の商事会社に準じて、いろいろな商事会社としての仕事をやるわけであります。
大体油の関係の経験者が多いのでありますが、特別の油、統制油脂の販売、それから指定油かす等の商売をやりますことは、非常に誤解を受ける関係もありますので、そういう商品を除いて、それ以外の一般の仕事に従事するのがその会社の目的であつたと思います。
統制油脂の販売、それから統制油の指定集買、そういつたようなことを除いた一般の商事行為が目的であつたと思います。
そうです。
その点をちよつと説明さしていただきたいと思います。一般の商事会社がやりますのと同じように、その定款にもありますように、何でもやれる建前になつておるわけです。しかしその従業員のおもな人たちが、やはり油に多年従事しておりましたために、油関係のことをやるということが定款の中に入つておると思いますが、しかしその中に指定油脂の眼売人になること、それから指定油脂の集買人になること、そういつたことは、おそらく通常の観念で申しますれば、油取引の中心になるわけでありますが、油糧産業会社においては、そういうことをやつてはいけないというような道義的な自制心から、そういうものをやつていないわけでありまして、言葉の上では油糧ではありますが、いわゆる油糧という
油糧需給調整規則によりまして、油糧配給公団法によつて、油糧配給公団が取扱う油脂を指定油脂原料と称しておるわけであります。
臨時物資需給調整法による油糧需給調整規則、それが油の統制規則の根幹をなしておるわけでありますが、その規則の中において、油及び油の原料というのはこれこれのものをいうんだと指定されておるわけであります。つまり油であれば何でもやるというのではありませんので、この油の中で統制を必要とするものが指定されておるわけであります。それを私は指定油脂及び指定油脂原料と言つたのであります。
指定油脂というのは、言葉をかえて言えば統制の中に入るということに御了解願つていいと思います。