さようでございます。
さようでございます。
それは全部詳細に報告、相談しているわけです。
私は出ておると思うのでありますが、そのこまかいことを知らないのであります。
そうだと思います。
昭和二十一年度においては物価庁、農林省が相談の上できめたものであります。それがずつと継続されているわけであります。
一応消費者負担でそういうものをするということをきめたと思います。統制機関の販売価格の中に、増産奬励金というのが入つているわけであります。
農林省と物価庁です。
食品局だと思います。
そのときの記憶がないのですが、あるいは坂田さんではなかつたかと思います。
物価庁は第二部ではないかと思いますが、はつきりした記憶がございません。
そうです。大豆は増産の奬励の必要がなくなつて、満州から幾らでも入つて来たのですから、それまではないのです。終戰後の問題です。
出す理由につきましては、国の予算で大豆の増産の予算を組んだ。ところが最初のときは省議も通らなかつた。やむを得ずそういう緊急の措置をとられたというふうに聞いております。それから毎年—第一回目にそういうことで増産の研究費なり、試験費なりというものが芽を出したわけでありますが、これはいずれも継続事業でありますので、毎年切られては困る。今年こそは国家予算でやつてもらおうということを、毎年繰返して今日に至つたわけであります。
結果においてはそうなつておるわけであります。
はあ。
それは農林省と大豆協会及びその当時であれば、帝国油糧ということになると思います。
だと思います。
昭和二十一年三月です。
それは違います。先ほど御説明申し上げましたように、周東さんの進言で大豆増産運動を積極的に推進するということでできたのです。
それは違います。つまり帝国油糧という統制会社であれば、配給公団のように嚴格な制限がないわけでありますから、前期においては帝国油糧みずからが増産をやつた。それが逐次配給公団となり、統制機関に対するやかましい制限ができて来たので、特に大豆協会にやらせるようになつたのです。
そうです。