日本防衛のためにアメリカがその半額あるいは半額以上を負担しておるとあなたはお考えになつておる。あるいはそうじやなく、アメリカ極東軍の費用として使つておるのかどうか、この点お調べになつたことがありますか。
日本防衛のためにアメリカがその半額あるいは半額以上を負担しておるとあなたはお考えになつておる。あるいはそうじやなく、アメリカ極東軍の費用として使つておるのかどうか、この点お調べになつたことがありますか。
少くとも一億五千五百万ドルの大金を国会が支出しておるのに、日本の金でありまするならば決算委員会、あるいは会計法に従つてその金の行力を監査し、十分に使われておるかどうかということを探求するのでありますが、三年間にわたつて、この金の使い道が当初の契約通りできておるかできとてないかということをお調べになつてないというのは、一体どういうことなんてす。――政府委員の答弁はいりません。総理大臣……。
それならばお尋ねいたしますが、一億五千五百万ドルという日がか支出した金額は、一体アメリカのどの機関が受取つておるのか、総理大臣はこれをお調べになりましたか。国防省が受取つておるのか、財務省が受取つておるのか、どの機関が受取つておるのかお尋ねいたしたい。日本一の経理の状態は、私は森永君よりよく知つておる、大蔵大臣より知つておる。ただこれが日本の手から離れて行つたときに、アメリカがどの機関で受取つておるかということを私は聞いておる。
それならば総理大臣にお尋ねいたしますが、あなたはアメリカの昨年度の予算の討論をごらんになつたことがありますか。そこには……。 〔「つまらね質問だ」と呼び、その他発言する者多し〕
選挙違反や疑獄を起す連中にはつまらぬが、これは国家の大事だ。 私は総理大臣にお尋ねするのであるが、この金は、アメリカにおいて日本の防衛費として何らの処理をしていないのでありまして、アメリカの予算局はこれを雑収入として取扱つておる。しかもこれは、アメリカ上院の歳出委員長の質問に対して国防省は、これは従来日本が終戦処理費としてアメリカに提供して来たその継続でありますと、一九五三年七月十日陳述しておる。総理大臣の従来の御答弁とここに重大な食い違いがあるんだが、これをごらんになつたかどうか、総理大臣にお尋ねする。
総理大臣われわれ陣笠と違つてお忙しいから、目を通すひまがなければ、ここにアメリカの予算の議事録がございます。ごらんになつたらいかがですか。この一九五三年七月十日の議事録の二千四十二ページに、アメリカの国防省の代表が上院において、この防衛分担金は終戦処理費の継続として日本から受取つておるんだ、こう証言しておる。しからば、日本のこの六百五十億円の金額は防衛分担金として半額負担しておるんだという従来の政府の答弁を、アメリカはこれを裏切つて反対の答弁をしておるじやないか、これがうそだと思えば、これをごらんなさい。ここにある。総理大臣、御答弁願いたい。
私はなぜこの問題を総理にお尋ねしておるかといえば、日米安全保障条約によつて日本を防衛するという義務条項が、どこにも条約の上には書いてない。極東の安寧と防衛のためにアメリカ軍が日本に駐留しておるということは書いてあります。日本防御のためにということはどこにも書いてない。しかるに日本防衛のために六百五十億円という貴重な金額を支出するということは不当である。かりに自衛力を漸増するならば、その費用を削減して、そこから出すべきである、こういうふうに私は主張する根拠がある。そこでそれをあなたがごらんになつていなかつたら、あえて私は追究いたしませんが、これは申し上げると、終戦処理費の継続として、雑収入としてアメリカはこれを受領しておる。同時に当初
しからばお尋ねいたしますが、世界広しといえども、独立国にして防衛分担金を支出している国は、総理大臣、どこにもないのです。日本だけなのです。日本だけがそういうことになつておる。NATO条約その他において、イギリス、フランス、イタリア等十九箇国が相互援助同盟を結んでおりますけれども、この相互援助同盟を結んだ十九箇国は行政費として、全体で五百万ドル負担しておるだけなのです。防衛支出金というものではない。従つて防衛支出金というものを負担しておるものは、アメリカの予算の費目から申しますならば、これは日本とドイツだけが雑収入の項目の中に入つておるのですが、この事実を見て、あなたは日本が独立国だと言えますか。
それならばあなたにお尋ねするのだが、他国の例にならつて日本はこうだああだということはやらないとおつしやるが、それならば他国の一番悪い例、しかも独立していない、占領されておるドイツの例と日本が同様の取扱いをされておる。この事実を見ても、あなたはそれで少しもさしつかえないとおつしやるのですか。
それでは十九箇国のうちでイギリス、フランスのみならず、インドシナ、タイ国、チリー、コロンビア、キユーバ等も防衛支出金は負担していない。一体これらの国よりも日本がもつと差別待遇を受けておるということについて、あなたは、他の国はともかく、日本は独自でやるのだとおつしやいますが、この貧乏国の日本が屈辱的な態度だけは別でやるのだ、それで一国の総理大臣として済まして行かれますか、しかも従来の速記録をごらんになつたらわかるが、あなたは独立国だから日本が負担すべきものは負担するのだ、こういう建前をとつて来られたのでありますが、独立国にして、かような防衛支出金を負担している国は一つもない。しかもアメリカがこの費目を占領国ドイツと同様なる取扱いをして
この問題は対日援助費とともにきわめて重要であります。特に対日援助費は日本の債務にあらずということを、私は法理的な根拠において、現内閣に反省を促して参りました。従つてこの防衛支出金も、条約の問題においても、そのアメリカの取扱いにおいても、あるいは国際慣例においても支出すべき責任はないと自分は確信して来たのであります。なお時間があれば、私はこの問題について詳細に総理大臣の御意見をお聞かせ願いたいと思いますが、しかし時間がございませんから、最後に簡単にお尋ねいたします。 先般の本委員会において、政治不安の疑獄が閣僚に及ばないということを確信するとお述べになりましたが、率直に申しますならば、閣僚がひつぱられたときには、一体総理大臣はどう
現在は政党政治の時代であります。従つて官僚政治の時代と違つて、政党がなした行為は政党全体が責任を負うべきである。自由党総裁としての総理大臣は、政党自由党が犯したこの問題については責任をおとりになりますか、どうですか。 〔発言する者あり〕
私はこの際明確にお尋ねしておきたいと存ずるのでありますけれども、今日の政治の不安は、これは汚職や疑獄ではございません。政策の行き詰まりと道義の頽廃であります。従つて政治家みずからが高い矜恃をもつて道義の作興にかからなければ、一体だれが道義の高揚をはかりましようか。そこで私はそういう抽象論を別として、かつて大正二年に起きたシーメンス事件においては、当時の海軍大臣も総理大臣も刑事の上責任はなかつたのでありますけれども、軍務局長並びにその他の属僚が犯したこの事件でさえも、時の山本権兵衛内閣は道義的な責任を負うて総辞職したのでありますが、総理大臣は、この道義的な政治の進退と今日とを対照して、一体いかなる御心境にありますか。
真相をまつて進退を決するということでありまするが、その真相ということは、法律上真相が明らかになるのは、これが判決によつて四、五年間かかる。その四、五年間はあなた居すわるつもりですか。はなはだ失礼でありまするけれども、過去の内閣において一つの汚職、疑獄事件が起きて、それが議会において不信任案において内閣が退陣した例はない。 〔発言する者多し〕
旧明治憲法においては、かりに議会において絶対多数を有しておるとはいいながらも、形式的な信任があるとはいいながらも、その道義と政治的な信頼感が国民にないと天皇側近の政治家が考えたときに、元老並びに枢密院は内閣に対して辞職を勧告して、議会の不信任案をまたないうちに、この内閣は道義的責任を明らかにして辞職をいたしておる。しかりといたしまするならば、今日において私はあなたに問おうとしておるのは、古い、非民主的憲法なりとして排撃した明治憲法でさえも、道義と責任感を感じて、内閣はその憲法の条章に従つて責任をとつたのでありまするが、しからば今日において、裁判の黒白が明らかになるまでこれは居すわるんだということになるならば、民主主義の原理である道義
私の持つておる時間が切れたそうでありますから……。 〔発言する者多し〕
私はこれ以上具体論に入ることを差控えましよう。しかしながら重ねて総理大臣に要望しておきたいことは、民主主義の基礎は、私はあなたの年齢からいつて釈迦に説法だと思いますが、道義と責任性である。この責任を明らかにしてもらいたい。シーメンス事件においても、一局長が嫌疑をこうむつたというだけで内閣は総辞職をしておる。ここにやはり道義と責任性が明らかになつて、国民に政治への信頼感が赴きて来たと思う。しかるに今私は、総理大臣の御答弁を聞いてはなはだ失望を禁じ得ざるものがあるのであります。おそらく全国民は憤激禁じ得ないでありましよう。けれども、私は一国の総理大臣に対してこれ以上追究することは今日差控えましよう。いずれ予算委員会を通過いたしました後に
現下の重要問題は、何と申しましても政局不安と緊縮財政から招来される日本経済の変化と国民生活のあり方であります。おそらく予算案は、政府の原案をそのまま通すあるいは修正するにかかわらず、現下の状況から行きまして、本予算案は成立せしめなければならないと存ずるのでありますが、しかしながらその予算案から招来する日本経済の変化並びに国民生活のあり方というものにつきましては、国民は重大なる関心と不安を持つておるのであります。従つて私は以下その二点について現閣僚に御質問申し上げたいと思うのであります。閣員各位におかれても、この重要なる問題については率直なる所見を述べていただきたい。私はつらつらこの議会を見てみますると、これほどうその多い、詭弁をもつ
ただいまの御答弁は大体新聞雑誌で了承いたしておつたのでありますが、昨年の十二月八日、参議院の予算委員会において大蔵大臣は、来年度の国民所得は六%ふえて六兆二千億円になると言明されたのであります。その六兆二千億円を国民所得と推定される根拠と、今日あなたがお述べになつた国民所得の算定の根拠とは何らかわつていないのでありまして、従つて大体において国民所得は大蔵大臣の昨年の十二月八日、すなわち二十九年度の予算の編成後において、原案をつくられた後において見積られた額が私は正しいのではないか、今かりにあなたがおつしやるように、国民所得がこの程度のものであるとするならば、デフレの緊縮財政というものが政府の目的通り達成せられるならば、国民所得という
あなたにこまかいことをお尋ねするのは無理だと思いますから、今の御所論はやがて機会をあらためて大蔵大臣にお尋ねいたしますが、しからば内閣全体として構想されておる緊縮財政の一環とする物価の切下げの問題であります。この物価の切下げの問題は、政府は大体一割を目途としておられる。私がここに問わんとするところは、五%ないし七%、終局の目的は一〇%の物価の切下げというものは、一体いつごろ実現するのであるか。同時にその下げるべき諸政策は、いかなる具体的な方策によつて立てられるのであるか。すなわち物価を一割下げるという時期と、同時にその具体的な諸政策という問題についてお答えを願いたい。