そこまでは私聞いておりません。分かりません。
そこまでは私聞いておりません。分かりません。
分かりました。
私も今度の改正によって、不倫が助長する、生まれてきた子が相続分がこうこうだから不倫をやめようというようなことには必ずしもならないのではないかというふうに思います。そして、親のそういう不行跡を、子供の扱いによって何とかその不行跡をとどめられることができるというのも、これはやはり子供に理不尽な不利益を押し付けるということになるのではないかと、委員のお考え方、私も全く同感でございます。 今度の最高裁の決定も、委員と同じような、父母が婚姻関係になかったという、子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されないとしているのも、今委員がおっしゃったような考え方に立っているのではないかと思います
多数決というのは、特に立法府においては極めて重要な原理ですし、立法府だけではなくて、民主主義社会では重要な原理でございますけれども、憲法は、他方、多数決の限界ということも考えているわけですね。つまり、憲法に違反しない限りにおいて多数決定だけど、憲法上違反ということになった場合は多数決原理が制約を受ける、それが違憲立法審査権の背景にある考え方だろうと思います。 ですから、少数であるから救われなくていいという立て方を憲法は取っていないんだろうと思います。その辺の境界の見極めというのが大事だということかなと思います。
相続財産の形成に誰が貢献をしたのかというのは、場合により様々だと思うんですね。一般論から言えば、委員が言われたように、婚姻共同体の中に一緒に入った嫡出子が寄与度が高い、寄与度といいますか貢献度が高いということがあり得ると思いますが、先ほど前川委員が挙げられた例などはまたそれとは違った例でございますから、それを全部法定相続分だけで妥当に解決できるかというと難しい場合が多い。ですから、委員がおっしゃったように、寄与分の制度等を活用して具体的な妥当性を図っていくということが考えられてしかるべきだろうと思います。
嫡出でない子が認知を受けた場合には、子が親に対して扶養義務を負う、そういうことでございますけれども、子が親から受ける扶養の権利については嫡出子との間に法律上の差異がない、これはもう御指摘のとおりだと思います。 ただ、あえて言えば、扶養の制度と相続の制度、必ずしも現行法はきちっと連動させて制度を立てているわけではないんだろうと思います。いずれにせよ、今度の最高裁判決は相続分を嫡出子の二分の一するということに合理性がないと判断したわけでございますから、その違憲判断を尊重する必要があるだろうと、このように思います。
今回は非嫡出子の相続分を見直すという過程の中で、それだけ今までの生存配偶者ではない婚外子の方にも行く財産が多くなるわけだから、少しこの保護を考えなきゃならないんじゃないかというのが今回の議論の中で出てきたわけですね。 しかし、この問題は、先ほど民事局長も御答弁申し上げましたが、決して非嫡出子のいる家庭だけの問題ではなくて、嫡出子だけがいる家庭であっても、ほかに財産がないからもう売っ払っておふくろはどこか行けというような事例を見ないわけではないわけですね。 そうしますと、今も深山局長が答弁いたしましたが、かなり相続全般の考え方にわたる問題だろうと私は思います。関係者間の利害調整という言葉を使っておりましたが、そういうことも十分
嫡出、非嫡出というのに様々な、何というんですか、ニュアンスを感じられたり、ニュアンスを込めた議論があることは事実だろうと思います。しかし、法律上はやはりこの法律婚から生まれた子であるかどうかということでこういう規定をしている、これは民法の基本的な仕組みにも関連してくるだろうと思います。 私は今、田中参考人のお話を伺いまして、事実婚を選択されるについて非常に繊細な配慮、繊細な神経をお持ちでそういう配慮をされたんだろうと、行動されたんだろうと思います。他方、しかし、夫と妻の家庭、法律上の婚姻というものを重視していこうというのは、一方、かなり国民には定着していることだという意識も私は拭い切れず持っているわけでございます。その辺はまたど
今回、改正をお願いしておりますが、今までの現行の民法九百条第四号ただし書の規定の趣旨、それは、今、谷委員が当時のいろいろな議論を顧みられたところでございますが、要は、要約しますと、法律上の配偶者との間に生まれた嫡出子の立場も尊重すると同時に、他方で嫡出でない子の立場にも配慮をして、嫡出でない子に嫡出子の二分の一の法定相続分を認めて嫡出でない子を保護しようとしたと。これは、法律婚の尊重と嫡出でない子の保護の調整を当時図ったということだろうと思うんですね。 それで、今回の最高裁判所大法廷決定の判断の枠組みというのは、おおむね要約しますと、一つは、相続制度をどのように定めるかは国の伝統、社会事情、国民感情等を総合的に考慮した立法府の合
糸数委員がおっしゃったように、十一月二十八日ですか、委員会で、必ずしも不合理な規定ではないという答弁を申し上げたわけでございますが、そのときのあるいは繰り返しになるかもしれません。民法上、父母の婚姻中は父母が共同して親権を行使すると、それから、嫡出でない子の場合には母又は父が単独で親権を行使するというふうに規定されているわけですが、こういう規定の背景にありますのは、民法が法律上の夫婦とその間に生まれた嫡出子から成る婚姻共同体というべきもの、それを基礎として親族間の様々な法律関係を規律していこうという、その表れだと私は考えているわけでございます。 事実婚の場合は、今、糸数委員もおっしゃいましたけれども、まさに実態は、何というんでし
これも委員がおっしゃるように、十一月二十八日、御答弁を申し上げました。それで、嫡出という用語を使わないでほしいという御意見があるということも承知はしておりますが、これも前回の繰り返しになって恐縮でございますが、嫡出あるいは嫡出でない子という用語は、あくまで法律上の婚姻関係にある男女から生まれた子供は嫡出、そうでない男女から生まれた子供は嫡出でない子という意味を持った法律用語であって、そこに差別的な意味合いを含むものとは私は考えておりません。 このことにつきましては、本年九月二十六日の最高裁判所の判決においても同様の説示がなされているというふうに承知しております。
夫婦同氏制度に反対するお立場から、特に女性について、婚姻による氏の変更がその職業活動や社会活動に不利益をもたらすといった指摘がされておりまして、今日も参考人の御意見の中にもそのようなお声がございました。 もっとも、夫婦同氏制度は、夫婦、婚姻の際に定めるところに従って夫又は妻の氏を称すると民法七百五十条がそう定めておりまして、制度上は性別中立的なものとなっております。それから、現在では職業活動等において、今なかなか使いにくいというお話も糸数委員からございましたけれども、婚姻前のいわゆる旧姓使用を認める、可能とする取扱いも従前に比べると相当広く浸透してきているところだろうと思います。そういう意味では、不利益はかなり緩和されてきている
これに関してはいろんな意識があるんだろうと思うんですね。儒教的な文化観、価値観に立てば、自分は、私は谷垣という家に生まれたわけでございますが、谷垣の血を引いて生まれたと。私の娘も谷垣という血を引いて生まれたと思っていると思いますが、だから、死ぬまでというか、結婚してもその自分の家、家といいますか、生まれてきたファミリーの名前を継いでいくという立て方も私はそれは一つの立て方だろうと思います。儒教社会では、そういう血の流れといいますか、そういうものを重視する立場からそのような制度が取られていると承知しております。 他方、これは先ほど申し上げたことの繰り返しでございますが、我が国で今定着している考え方は、やっぱり夫と妻で設ける共同体に
確かに、糸数委員がおっしゃるように、今婚姻届を出そうとしても、夫婦が違う氏を名のるということでは受理されないから、法律上そういう形で婚姻届を出すのはできない仕組みになっております。 それで、今、糸数委員がおっしゃったような、そういう価値判断もこれは十分あるところだろうと思いますが、私は先ほどは夫婦の共同体の名称というような表現を取りましたが、夫婦や親子の一体感を確保する上でこの同氏制度というのはかなりの役割を果たしているのではないかというふうに思っております。それから、氏が単なる個人の呼称ではなくて生活共同体である家族の呼称という性質を有するものであると、これはかなり私は国民の間に定着しているのではないかと思っております。
これもこの前申し上げたことの繰り返しになるかもしれませんが、立法当時はやはりかなりそれなりに合理性は相当あったんだろうと思います。事実、かなり若くて結婚する女性の数も多かったわけですね。現在の意識にかなうかどうかというのはまた別個の問題としてあります。 こういうふうに申し上げるのは、一つは、平成八年でしたか、の法制審の答申もあったわけでございます。これは、だからよく議論をしていきたいと、このように思っております。
私はこの場に法務大臣として立たせていただいているわけですが、最初に人口問題についてお触れになりました。 私は、実は超党派の人口議連の会長というのもこの度仰せ付かりまして、そこでのやっぱり人口問題に対する国際的に認知された考え方というのは、女性の選択肢を広めて望まない妊娠を抑えていくというのが一番の基本だろうというふうに思います。 これは日本はかなりそのことは成功しつつあった国だろうと思います。そうして、健康政策をかなり一生懸命やることによって、同時にそれは長寿、少子化という社会を生み出しまして、恐らくここの長寿、少子化の先にある社会にうまく適応できるかどうかは、国際的にもモデルを提供し得ることなのではないかと、我々のやってい
特定秘密に指定されているわけですから、通常はそれに対して検察官は争うと思いますね。ただ、最終的に、もちろん裁判所の判断として、証拠を開示すべきだという判断が下ることはあり得ます。その場合は、政府部内におきまして、司法判断を尊重して、関係機関の長において当該決定の理由を踏まえて特定秘密の指示を解除することになる、こういう手続ですね。だから、その場合は検察官はその解除をもって特定秘密を被告人側に開示することになると、こういうことだろうと思います。
本条に限りませんが、一般に目的罪の目的要件の判断は、捜査段階では委員のおっしゃるように捜査機関が証拠に基づいて判断するものですし、それから公判段階では当然のことながら裁判所が証拠に基づいて判断する。だから、最終的にはそういう形になるということですね。
起訴状に公訴事実を記載することを当然要求されているわけですが、その目的は、公判手続の段階では、裁判所に対して検察官が求めた審判対象を特定するということであり、それから被告人に対しては防御の範囲を明らかにしていくと、こういう意味があって記載を要求されているわけですね。 それからまた、逮捕状のことをおっしゃいましたが、逮捕状に被疑事実の要旨を記載することとされているのは、まず憲法三十三条の要請があります。そこで、「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。」と、こう書いてありますが、それを踏まえまして、身柄拘束の段階で、被疑者に対して
どうしてそういう出し方をされたのかは想像するしか仕方がございませんが、あえて想像を申し上げますと、夫婦別氏制と一緒にすると、それ様々な議論があって反対論も強いだろうと、せめて嫡出子、非嫡出子のこの九百条の問題だけでも早く処理をしたいというお考えであったのではないかと推察いたします。