一日というのが私の誤りだった場合は、訂正いたしましょう。そんなことは問題の重点じゃないのです。私の言っているのは、募集当時は何ら科学的な調査が行なわれておらなかったじゃないか、これについてはっきりお答えをしなさいと言っているのです。
一日というのが私の誤りだった場合は、訂正いたしましょう。そんなことは問題の重点じゃないのです。私の言っているのは、募集当時は何ら科学的な調査が行なわれておらなかったじゃないか、これについてはっきりお答えをしなさいと言っているのです。
ここにこういうような調査の報告書もあります。それは三十六年の五月八日、飯島事務官とそれからドミニカ海協連の支部長の池田さんが現地調査をした報告なるものが、海協連の会長あてに出されている。それを若干部分読みますと、こういうふうに表現している。「上村氏の報告書は、」——これはその後上村延太郎氏がやはり報告をした報告書について、さらに飯島事務官とともに池田さんが現地調査をしたときのその結果、前回の上村報告書に対する見解を冒頭に述べている。「過去の調査報告者等の」——この過去の調査報告者というのは中田氏のことですが、「立場も考慮して表現も内輪であるが、池田の経験よりしても、先年視察した、ブラジル、パラグァイ、ボリビア、アルゼンチン諸国の邦人
高木さん、さっきもあなたは、ドミニカの政変に基づく補給金の打ち切りその他の入植後の諸条件が帰国を決意せしめた最大の原因である、こういうふうに言われておる。今もまあそういうことを述べられておるのです。もちろん政変によって、たとえばハラバコアの場合これは政変によるいろいろな悪条件が重なった。ところが私が今指摘をしておるドミニカについては、問題は調査の不十分から現地の事情というものが、募集要項に示されてあったその条件と非常な食い違いがあった。幾ら勤勉な日本の移民でも、とうていそれを耕してりっぱな農耕地とすることのできる可能の範囲ではなかったということを私は言っているのです。ところが、あなた方は政変によって補給金を打ち切られたから、とても生
なおかつ高木局長は、当時の外務省、農林省等の調査の不十分のその責任については、はっきりしたお話がないのであります。すべて移植後の状況、つまり移住後の状況の変更ということにその責任を帰しておられるようであります。私はその話は、どうせ八日に現地の方々が十分話されると思うので、ここで水かけ論はいたしませんけれども、少なくとも事前に調査をやっておらなかったということだけははっきりしておる。はっきりした事実です。しかもなぜそういうはっきりしない、また条件の悪い土地に、早々のうちに家財道具を売り払ってまでの移民の募集をやり、早々とまた現地に送り込んでしまったか。非常に軽率な措置ではなかったか。たとえば、同じようにドミニカ移民についてあなた方は、
私の聞いているのは、ともかく現地としては、政情その他にも不安があって、慎重を期すべきだという態度をとっている。それをあえて外務省が短い期間で送り出したということに、非常にわれわれとしては、外務省あるいはそれに協力をした農林省が、なぜこんな軽率なことをやったのだろうと、ふしぎでならないのです。しかも、それぞれドミニカから話のあった他の国においては、同じような条件であったと思われるけれども、あるいは引き揚げさせあるいは調査だけでこの問題は現実に移民を送らなかった。それは日本人は勤勉でしょう。日本人は力がある。しかし、それはあまりにもその人々の努力にのみ期待をかけて、それにのみ背負わせて、とうてい人力で不可能なようなことまでやらそうとした
お話の通りですよ。それぞれ調査をした結果が非常に不適当であった、あるいはとても現地ではおれない、こういうことから移民を差し控えたというケースがずいぶんある。それを事前に十分な調査もしないで現地に送り込んだということについては、何といってもこの移民が政府の責任である以上、当時送り出したその責任は私は免れないと思う。いずれ、中田さんがどういう調査をやられたか、また外務省が当時どういうファクターによってやったかは明らかになってくると思いますけれども、今われわれが知っている範囲においても、よその国では慎重を期し、日本だけが早々と軽率にやる。それだけでも私は重大な政府の責任ではないかと思う。高木さん、もう一ぺん一つその点についてお答えを願いた
あくまでも政変による現地事情の変化が、今回のような事態を引き起こしたと高木局長は言いつのられておるのでありますが、これについてはこれ以上時間をかけましても水かけ論になりますので、いずれ現地の事情を聞いたあとで、われわれもあなた方と当時のいきさつをもう少し精細にしたいと思う。 なお、さきほどのお答えで、非常にお気の毒に思っている、最大の方法、措置を引揚者の方々にとりたい、こう言われたのでありますが、これは齋藤さんであったか、高木さんから述べられたのでありましたか、各省の対策をお聞きいたしますと、何のことはない、これはただ現行法に基づいてそれぞれやられておる。あたりまえのことをただこれらの人々にも適用しようというのにすぎない。国の責
それらの点につきましてはまた別の機会に、もう少し突っ込んだお話をわれわれも聞きたいと思いますが、最後に一点。 ハラバコアの日本人会長からしばしば外務大臣あてに、現地の在外公館とのいろいろなやりとりあるいは不明な点、そういうことについての嘆願書やあるいは回答を求めた文書が来ていると思うのでありますが、それについては回答せられましたか、その点はどうですか。
私はそこに非常に問題があると思う。というのは、先ほど小長谷大使のことについて、まあ人柄が非常にいいからそんなことはなかろうとあなた言われておるわけです。ところがこれはハラバコアのみでなく、ネイバにしても現地の大使の、小長谷大使初めそのほかの方々の言動についてわれわれの合点のいかぬことがたくさんある、それについて一体日本の外務省はどういう見解を持っておるかというような、いわゆるその在外公館のあり方、在外公館の申したこと等についてその真意を疑うので、そこでお尋ねしたい、こういうような問い合わせ、照会等の連絡も現地からしばしばあったはずです。私はその写しをもらっておりますが、外務省は、それについては全然回答されておらない。しかも現地の大使
たくさんありますよ。ずいぶん時間がかかりますが、まず一九六〇年の十月一日には、「ドミニカ国移住者救出方お願いに関する嘆願書」というものも出ている。全部小坂善太郎あて。それから六〇年の十月の三十日、「同国駐在大使の発言内容についての照会」というのがある。たとえばその第一項には、「小長谷大使は開口一番、私は天皇の信任によって日本国を代表し、特命全権大使で、天皇の御名代であると申されたが、われわれの考えでは、大使は日本政府の代表者であり、日本政府は日本全国民の代表者であると信ずる。あくまでも主権は国民の上にある。天皇は単なる象徴と考えるが、いかん。」こういうような文書が外務大臣あてに出されているのです。たくさんありますよ。小長谷大使その他
ちょっとお尋ねしておきますが、私が今読み上げました文書は、外務省では受け取っておられますか、どうなんですか。
そうすると、返事は出さなかったというわけですね。現地の大使館にまかして、外務大臣あての手紙の返事は出さなかったのですか、どうですか。それは現地の在外公館を通じてでもよろしいが、それに対する回答というものをやったかやらなかったのかということです。
時間をとりますから、あまり私もそのことについて長くやろうとは思いませんけれども、いわゆる回答をやったというのと、現地で話し合いをしたというのは別なんですよ。それじゃお伺いしますけれども、在外公館にどういうふうな回答を外務省としてはやらしましたか、その内容はどうなんですか。
まあそういうことなんです。だから、実際は現地からの切々たる訴え等も非常に軽く取り扱ってきた。こういう態度はわれわれとしても今後、少なくとも日本政府を信じて行った海外移住者の方々にさみしい思いをさせるような外務省の冷たい態度——あえて私は冷たい態度と言います。それのないように、今後は一つ十分留意を願いたいと思いますし、なおこの問題について、現地とあなた方の言い分との間に非常な隔たりがあるということも、私は先ほどからの私の質問をも含めて、その他の委員の諸君の質問の中から伺いました。いずれ現地の方々の本委員会における証言その他をもあわせ聞いた上で、一体いずれが正確なものであったか、外務省は何ら責任がなかったのか、農林省も何ら手落ちがなかっ
私は、日本社会党を代表いたしまして、今非常に問題になっているタイ特別円の問題、また、すでに調印をいたしましたガリオア・エロア返済に関する問題、あるいは海外移住等の問題につきまして、総理大臣その他の関係大臣から一つ詳しく政府の所信とその内容をただして参りたいと思うのであります。 最初にタイ特別円の問題について伺いますが、これはきのう与党の田中委員も触れられておりましたけれども、その答弁に当たりました池田総理大臣あるいは小坂外務大臣のお答えの内容によりましては、一向その交渉の経過やその返済の方法についての具体的な内容がはっきりいたしておらないのであります。おそらく、この問題について今日まで政府の申してきたこと、あるいは三十年八月に協
総理大臣、るる述べられました前段の理由というのは、これもおそらく外務省が出した資料だと思うのですが、ここに詳しく書かれておるわけです。あなたが今言われた、タイ側が当時の特別円の処理についてこれをポンドに換算して、ポンドとの換算率から千三百五十億、これを四割に見積もって五百四十億と踏んで要求して来、それが最後に百五十億というものについて五十四億と九十六億の借款ときめたというのは、これは三十年の協定を結ぶまでのいきさつではありませんか。私が伺っておるのは、はっきり両国が合意に達した協定が、初めからその解釈が異なり、しかも今度の解決方法というのはまるきり向こうの言い分通りですね。日本側の主張、日本側の意向というものはどこにも残っていないよ
密約がないとおっしゃるのでありますが、何にもそういうことについて相手に思い込ませる材料がないのに、何で一たん取り結んだ協定に向こうがそこまで固執するのか。私は協定が結ばれておらなければこんな質問は申し上げません。しかし、いやしくも、国と国との間で正式に、いろんな経過があったが、お互いにそのことを了解して、ちゃんと国際法上有効な取りきめを行なっているのであります。なぜ、その取りきめを行なっているのに、その条文の解釈について全く常識では考えられない根本的な相違を来たしておるかというところに、私は非常な疑問を持つわけです。条文は実に簡明であります。実にはっきりしている。きのう小坂さんは、投資及びクレジットの形式ということに若干の表現上の問
将来の日・タイ関係云々と言われておるのでありますが、もちろんわれわれもタイ国との親善関係を望みますし、また経済提携の発展もこれは希望するところでありますけれども、しかし、今の総理の言葉をかりて言うならば、一たん取り結んだものを、おのれ勝手に解釈をして、一方的にそれを履行しないというこの理不尽なやり方に対して、何ら相手方にその反省を求め譲歩さすことなくて、すべてその責任は日本国民が税金でもって払うタイ特別円処理の支出金という形に帰してしまうことは一体どうか。それはタイとの問題においてはいいかもしれません。しかし、国民が、そういう理不尽なことまでも聞かなければならぬのか、それだけしかとるべき手段がなかったのか、私は政府に対してそう追及す
どうも何回総理から伺いましても、急直下方針を変更した具体的理由というものはお述べにならない。 そこで、総理、ちょっとお伺いいたしますが、三十年協定の際に、タイ側の顧問的役割を果たしておったといわれるリップスという米人弁護士について何か聞かれたことがございますか。これは三十年協定の際にタイ側について向こうの顧問的役割を果たしたといわれておる。聞かれておりますか。
当時政府におられなかったので詳しいことは知らないということでありますが、大蔵大臣、外務大臣、このことについてお聞きになっておりますか。