妙な例を出されまして私も当惑しましたが、一面の真理があるような感じ方にお聞きになつた方もあるかと思いますけれども、私はこの問題についてはまじめに、真剣に考えたい。というのは、それは一つの儀式と見れば儀式と見られる。但しこれは古式にのつとつた神あるいは仏に対する一つのそういう儀式ではなくして、生きた人間をほんとうに祝う、しかも国民の象徴として次の世代をになわれる皇太子に対する国民の喜びという観点に立つた儀式であるとした場合、国民の代表として述べられる寿詞としては受取れないのであります。しかも開院式におきましても、あるいはその他、かつてはおそらく国民にはなかなか難解であつた式辞とか、いろいろ儀式の形式を見ましても、最近においては全部改め
