そうすると、仏印で使った、ビシー政府との国際貸借関係にあった金三十三トンと現金十六億五千万円を払っておりますね。もしドゴールがビシー政権を認めないというならば、ビシー政権とわれわれが結んだその国際的な関係というものをそこで中断するんじゃないですか、どうお考えになりますか。
そうすると、仏印で使った、ビシー政府との国際貸借関係にあった金三十三トンと現金十六億五千万円を払っておりますね。もしドゴールがビシー政権を認めないというならば、ビシー政権とわれわれが結んだその国際的な関係というものをそこで中断するんじゃないですか、どうお考えになりますか。
じゃ、もう一つその誤まりを指摘しましょう。いやしくも国際法の常識で交戦状戦に入ったというならば、その相手国の金を、貨幣を使うことはできますか。現に仏印においては戦争終了までフランスのピアストルを使って、日本の軍票を使っておらない。この事実をどう解釈するか。
交戦状態にある相手国の貨幣を引き続いて使えるのですか。アメリカと戦争してからドルを使っていますか、日本は、どうなんですか。
私は今のあなたの議論を聞き、条約局長その他の議論を聞きまして、あなた方は一体日本の外交官であり、日本の大臣であるかということを疑わざるを得ない。なぜ日本の利益のために、われわれが事実においてこうだったということを示して、戦争状態に入った時期を少なくともあと一年間引き述ばすということができないのか、戦争に負けたといっても厳然たる事実というものは何人も欺くことができない、貨幣はピアストルを使っておる、堂々たる仏印大使がドクーを相手に交渉しておる、しかも日本の外交官も向こうの外交官も引き揚げておらない。何を根拠に日本に不利な解釈をなさる、藤山さん、あなたは日本の外務大臣ですよ、この認定をいつにするかによって賠償額がきまるのです、損害の程度
あなたもフランスの総理大臣になったのですか、私の言うのは八月二十五日、十九年の。これから賠償の損害を算定していきますと、二百億になる。それをさかのぼってさらに縮めて二十年の三月九日、武力行使のときから戦争状態に入ったとなれば、ここに出ておる損害の大部分は消えるのです、消えるのです。でありますから、この交渉の最大のポイントはいつ、いかなる時期から、いかなる物的な証拠によって日本がフランスと交戦状態に入ったか、これをきめずに外交交渉ありますか、そういう無責任な、ずさんな交渉が。あなた方のポケット・マネーを出すならば文句言わない、この代償は国民の税金にかかっておる、そういう無責任な態度がありますか、総理。総理大臣、無責任です、あなたは。ど
どうしてあなたは日本の国民のための利益をもう少し主張なさらぬか、私は主張できる理由を今示しておる。 もう一つ、それじゃいいですか、よく聞いていなさいよ。最初日本に協力的であったドクーが、戦況が不利になるとともに非協力になって、そこで昭和二十年三月九日、仏印軍の武装解除になったのであります。この問、松本さんは現地軍のロボットではなかった。あなたはほんとうに現地軍の行き過ぎというものを押えておられた。そうして重光外務大臣の指示に従って、きぜんたる信念ある外交をおやりになっているのですよ。そうでしょう、松本さん。
それではもう一つ。昭和二十年の三月九日午後七時ですね。覚えていらっしゃるでしょうが、日本政府の方針をあなたが体して、そうしてサイゴンのリュー・ベルラン街にあった総督官邸に行かれて、河野総領事を連れて乗り込んで行かれた。あの深々と茂った奥深い官邸に午後七時に行かれたが、そうして九時まで外交折衝をやっておられるが、その状況を一席どうぞ。
仏印軍の武装解除は昭和二十年の二月二十六日、最高戦争指導会議で決定されたこの方針、それによってなされたものであるが、当時あなたは外務次官であって、どういう方針をお示しになっているか、松本さん。これから本物が出ますよ。
その訓令の内容の重要なポイントは覚えていらっしゃいますか。
非常に大事なこと覚えておりませんね。一番大事なことは何かといえば、これは岸さんごらんなさい。国家機密第三最高戦争指導会議報背第十一号二十のうちの十八号、決定版、それには昭和二十年二月二十六日の日付で、インドシナ政務処理要領というものを決定されて、外務省、陸軍省、海軍省で、そうして重光さんからあなたに訓令が行っております。この通りの訓令が電報で行っておりますよ。そのうちの要点だけを読んでみましゃう。「仏印処理に伴う政務処理要領の定むるところによる。」これが一。「仏印が全面的にわが要求を受諾した場合」、これは現状通り。第二、「仏印側がわが要求に応ぜず武力を行使する場合」その冒頭に「日仏関係は戦争状態にあらざるものとす」、いいですか。武力
それが日本の総理大臣として、日本の国民の利益であると信じますか、あなたは。どうですか。
その賠償額を決定する基準は、いつから交戦状態に入ったかということが基準になる、そのものさしだ。そのものさしをあやふやないいかげんにきめて、一体どうして国民に済むと思うか。
ですから先ほど言うように、あなたは日本の利益よりも、フランス側の主張というものを甘く取り入れておると言っているんです。
一体、日本が仏印に武力行使をするというせっぱ詰まった段階になっても、このように最後まで最高戦争指導会議で、フランスは敵にしないという決定をした。その大きな理由を御存じですか。御存じだったらどなたでもいい、答えて下さい。なぜ仏印に対してこれを慎重にやったかという、藤山さんは御存じないから、だれでもいい。その理由。大きな最高のポイントがある。お答えなさい。だれでもいいから、政府から。答えられないならば、前提が狂っておるんですから、問題を整理せずして賠償額に入るわけにいかない。何がゆえに日本は戦争したんだ、戦争しておらない、最後まで。それを二十五日と認めるということは、日本の国民が承知しない。国民の税金を払う。岸さん、あなたは別荘を売って
では、八月二十五日ドゴールのどういう宣言、どういう声明があったか、それをはっきり物的証拠によってこの委員会にお示し願いたい。そうでなかったら、今の解釈は納得できない。私のこれからの質問はできませんから、委員長、休憩して、あしたその資料を出してもらってから、これに基づいてその疑惑を解いてから、次の質問に移ろうと思う。どうですか。
先ほどの私の質問に、政府委員はだれ一人答えておらない。それは、日本が武力行使をする重大な時期に、それほどまでに慎重にフランスを敵にしないという方針をきめたには重大な理由がある、それを答えておらない。だから、次の質問ができない。いま一つは、それはドゴールがロンドンにおいてもしゃべっている。パリに入ってもしゃべつておるが、しゃべった内容に、日本に対して宣戦布告したという言葉は一つもない。その二つの記録を出して、あなた方がはっきり八月二十五日から交戦に入ったという証拠の資料を示さぬ限り、これを基礎にしてこれから述べていく質問ができない。答弁しておらぬから。だれでもいいからやってごらんなさい。
時間を下さい。時間を縛っておくから、ゆっくりできないんだ。
私、当時ドゴールがしゃべった記録を持っておるのですが、対日宣戦という言葉は、不敏にしてまだ発見しておらぬのだが、この次の日まで、どういう文句の言葉があったか、あなたは印刷物にしてその疑問を解いてもらいたい。
私の要求するのは、スエーデン公使の報告じゃなしに、ドゴールが演説をしあるいはビドーが演説した、その内容がほしい。
ドゴール。