定員の増加ということは、賃金を含めてですが、要員の増加ということは、一般的に非常に困難であり、行政管理庁も大蔵省も必死に抵抗する中でありますので、これだけ確保したということは、若干でなくて非常なる前進だと私は思っております。
定員の増加ということは、賃金を含めてですが、要員の増加ということは、一般的に非常に困難であり、行政管理庁も大蔵省も必死に抵抗する中でありますので、これだけ確保したということは、若干でなくて非常なる前進だと私は思っております。
私は、やはり国際電電という会社は、利益が出ました場合には、一般の会社の生産性の向上によって利益が上がったと同じように、一面物価の引き下げ、一面社内の設備その他の内容の改善、労働者の賃金の向上、この三つの要素にうまく適当に振り分けていくのが至当だと思います。 国際電電は、今お話がありましたように、オリンピックに間に合わせるべく太平洋ケーブルというものを計画して、自分で百十一億円の負担をしなければならないというところでありまして、百十一億の金を社債もしくは増資によってまかなうべきであるということも、確かに理屈の一つとしては成り立つと思いますが、このためにやや比重が社内の留保に傾いておるのは、私はやむを得ないことじゃないかと実は思って
電波監理局長から詳細御答弁いたさせます。
抽象的には私も全く同感でありますけれども、具体的にお金のかかることでありますので、お金の問題になってくると、相当ひるまざるを得ないような感じもいたします。しかし、なおよく研究いたします。
私も、そういう議論は確かに成り立つと思うのですけれども、私率直に言いまして、ラジオというものは、なべ、かまと同じくらい各家庭に普及しているだろうと思うのです。その生産の数量からいって、幾ら一人で二、三台持っている人があるとしても、世帯数を生産台数で割っていけば、全部の世帯にある。逆にラジオは持っていないということを証明することの方が困難じゃないかというように私は思います。そういうようなことで、この際一つテレビ、ラジオということではなしに、NHKの放送を聞く人は、テレビを見ようが、 ラジオを聞こうが、三百三十円払う。しかし、実際テレビが行き渡っていないところがあるのですから、ラジオしか聞いていない人があるのですから、そういうところは、
そういうような議論の立て方からいうと、生産台数その他いろいろな方法があるのですが、ただ、私はテレビだけしか見ておりませんという、本人が口で言ったことだけで、ああそうですか、こういうことでもないと思うのです。そうすると、ほんとうにそのうちがラジオがないのかといえば、家宅捜索する権限を与えるとか何とかいう具体的なむずかしい問題に入ってこざるを得ないのではないか。現実の問題として、ラジオの機械というものはなべ、かまのごとく各家庭に普及しているというふうに考える方が、きわめて常識的ではないか。それを、確かにそういうものもないことはないだろう、あるはずだ、それをNHKの方で証明しろ、こういうことはできないので、むしろ私のところはこの通りござい
ちょっと御質問の趣旨をうまくつかまえ切れないでまことに申しわけございませんが、どういうことなんでしょうか。
なければないと言われると、ないというわけにはいかないと思うのですけれども、ただいまここでまとまってお答えをする用意をちょっと持ちませんから、何か別な機会に島本さんにお答えいたしたいと思います。
私は、労働条件の低下といいますか、合理化が今働いている人たちの労働強化にならないということの建前で考えていくべきだ、しわ寄せにならないということを建前として考えていくべきだということは、確信をいたしております。
御承知のように、省内にFM放送調査会というものを、次官を中心にして設けまして、鋭意検討して、先般中間報告を出して問題点を明らかにいたしました。さらにそれに沿うて、FMの問題をどういうふうに解決し、処理するかということについての結論を出すべく、現在非常に急いでおります。先般、逓信委員会では三月一ぱいにということを言ったのですけれども、その後鋭意やりましたが、私が率直に言うと、やっぱりもう少し技術的なデータが必要じゃなかろうかというような印象を最近において持ってきました。たとえて言うならば、ステレオをやるにはどうしても二百KCの幅が要るのだという前提で今進行しているのですけれども、ドイツの何とかいう人が、これは百KCでも大丈夫だというよ
そこまでくれば結論は出ているわけなんでして、結論がそういうことになるかどうかということがここで問題なんで、再編成とからめてやるか。つまり再編成の問題のきわめて大きな点は、難視難聴地域の解消というような問題が再編成では非常に考えられなければならない問題で、FMというものが難視難聴地域あるいは外国混信を避けるということのために非常に有力な手段であるという事実はあるわけですから、そういうようなことから考えてくると、六月の再編成に関連して解決した方がいいのじゃないかという気持は非常にするのですけれども、そうかといって、一方技術的な問題で間に合うか間に合わないか、いずれにしてもFM放送の許可の第一号というのは、六月とか七月に出ることはない。大
少なくともこのFM問題の解決については、今ちょっと小さい声でお金が動くと言われましたけれども、金なんか動かないように、黒い雲が全然かからないように、きわめてガラス張りで処理したいと考えております。
調整定員という名目は確かに予算の上に出ておりませんけれども、そこは電電公社が一つの行政的措置によりまして、その機能にかわるべき処置をやれるだろうと私は確信しております。
三十七年度で一応試験研究の段階は終わって、その成績いかんによりましては三十八年度からもう少しきまった制度の問題としてこれを考えていきたい、こう思っております。
今電電公社総裁のおっしゃった通りでして、今公社の電話につながないということを建前としておるわけですけれども、電気通信の補完的な役割を果たさせるために——これはどこまでも補完的と私は考えておって、上林山先生が今ひさしを貸しておもやを取られるということをどういう意味で言われるのかと思って、実は理解がいかなかったのですが、補完的な意味で有線放送電話をつなぐという制度を定める場合には、つなぎ方、どこからどこまでが公社の分で、それから先は公社の組織の中のどういう部分に当たるのかというようなことについて、よく公社と打ち合わせまして制度を考えたい、こう考えます。
今上林山さんのおっしゃいました点は、松田監理官からも電電公社からもよく聞いておりまして、私は、それに対しては、どこまでも日本の電気通信の大宗といいますか、それは電電公社にあるので、有線放送電話というものは補完的な役割を果たすのだ。いわば第二電電公社にだんだん自然発展的になっていくのじゃないかということを言っておられるようですけれども、そういうような格好にしないで、電電公社の補完的な役割を果たすという立場でものを考えていくというふうに私は思っております。
ついております。
省内にありますFM調査会で、その線を目標にして作業を進めております。
その省内にあるFM調査会で出た一応の考え方を発表して、私は多くの人の意見を聞いてみたい、こう思っております。
最後の媒体といわれておるFMを一番効率的に使う、能率よく国民の公共の福祉のために使うのには、どういうふうにすればいいかということを発見しようとして努力しておるのですが、一番いい使い方をしたいというのが私どもの考えでございます。