BBCの徴収不能続発の傾向、原因はいまつまびらかでないと言っておるのですが、NHKは徴収が非常に良好であるという原因は何ですか。
BBCの徴収不能続発の傾向、原因はいまつまびらかでないと言っておるのですが、NHKは徴収が非常に良好であるという原因は何ですか。
それでは最後に、藤木さんに御質問しますが、東京以外にもいわゆる東京ケーブルテレビジョンというようなものをつくる計画があるのか。もしあるとするならば、私は有線放送テレビ法もまだできないのに、東京ケーブルテレビジョンを強引に発足させていくというそのやり方は、本来ならば私は好ましい状況じゃないと思うのですよ。だから、その点は慎重にやってもらいたいと思うのだけれども、計画はどうですか、近い将来における計画は。
放送大学の問題等についても聞きたかったんですが、放送大学の問題についてはNHKの会長に聞きたいんですが、私は何かのときに三十七、八年ころだったと思いますが、ロンドンのギルドホールにおいて、あなたが何か演説やられたことありますね。まだ労働党党首のウイルソンが野党の時代でしたかね。何かやられたことがありますが、あの中に放送大学の芽があったように記憶しておるんですが、あのときの構想と、放送大学が問題になって、NHKも一枚加わって、この問題を考えているときの考え方と違いがありますか。
現在放送大学法がこれまた見送られてしまったので、きょうはあまり深く論争できないんですが、放送大学の目的というのは一体何なのか。たとえばエデュケーションが放送大学の目的なのか、あるいはスペシャリゼーションがその放送大学の目的なのか、その辺はどういうふうにお考えですか。
今日大学がたくさんありまして、そうして直接教授が生徒に教えておるわけですね。にもかかわらず、エデュケーションの関係は非常にうまくいっていないといって私は過言でないと思うんですね。そうかといって、スペシャリゼーションのほうがうまくいっているかといえば、これもあまりどうも学生は承服しがたい、こういうことなんです。ということになると、なまの人間がなまの人間に接して教えても、エデュケーションというものがうまくいかないのに、いわゆる絵を使って、放送によってエデュケーションがうまくいきましょうか。
きょうはあまり長くはその点論議したくないと思うのですが、この放送教育のやり方を見てみますと、現在大学でやっている単位獲得というやつをそのままほとんど持ってこの中に入ってきているわけですね。今日大学の紛争があるという原因の中には、こういう何といいますかね、しゃくし定木な単位制度というものが一つの原因なのじゃないですか。それをそのままここに持ってきてやった場合に、はたして有効にこれが機能するかどうか、私は若干疑問があるのですが、その点は自信がありますか。
私は、何といいますか、放送大学を実施する場合に、アメリカで教育システムの構造についていろいろと考えておるようですが、たとえば教育衛星を打ち上げて、それから下へおっことしてきて、これを各キーテレビ局が取って、そしてコンピューターやあるいはシミュレーションやら、それからティーチング・マシンだとか、あるいはフィードバック回路を使って、いわゆる質問も答弁もできるし討論もできるというようなものができて、初めて放送大学的な内容を充実したものになるんだろうというふうに考えて努力しておるようですが、いまの段階では残念ながらまだそういうものはありませんね。特にフィードバック回路がないと、質問して答弁をするというような状態にはないわけですね。一方的にや
NHKからいただいたこの放送市民大学の資料によりますと、BBCに対する質問、それからそれに対する見解、それから片一方はアメリカの公共放送協会設立に関する下院の報告等によって見ますと、いまや放送教育については最もすぐれておるのはNHKである、こういうふうにこの資料についておりますがね。ということは、逆にいえば、いままではアメリカあるいはヨーロッパの歩んできた道を歩めばよかった、道は開けておった。しかし、今度はNHKは少なくとも放送大学の問題に関してはトップに入っているわけですから。ということになると、もうモデルなき時代に入ってきたわけですね。あなた方みずからがまずモデルをつくっていかなければならぬ、こういう時代に入ってきておるわけです
会長は、新しいゼネレーションの転換期であるとこう言われましたが、確かに私も同感ですが、マクルーハンに言わせれば、活字時代からエレクトロニクス時代への転換と、こう言っておりますね。活字文化の時代からエレクトロニクス文化の時代へと転換した。したがってあなたの言われるように、その底に流れる人間性というものは、これはもう、オーソドックスというような表現をされたと思いますが、変わらない。したがって、NHKは従来どおりやっていけばよろしいというお話なんですが、現在のNHKの放送の番組のパターンと申しますか、あれはいつごろまで続くと思いますか。たとえばドラッカーはこう言っております。二十年後には現在いささかでも意義のある学問はすべて姿を消すであろ
私は、利用手段が変わっただけだという会長の考え方に必ずしも同意できないのですよ。私は問題は、その科学技術の進歩自体が問題ではなくして、科学技術の進歩がもたらした社会の変動、これが私は問題だと思うのですよ。これはあると思うのです。ただ、社会はちっとも変わらないのだと、しかし科学技術が、いわゆる手段だけが変わったのだというのじゃなくて、手段は確かに変わったが、その手段が社会そのものを変えつつある、こういうふうに実は私は見ているのですよ。だからこそ、NHKが性の知識なんていう放送をやりましたね。これはいままでちょっとNHKでは考えられなかったことだと思うのです、NHKからみれば。しかしそういうふうなことをやらざるを得ないというのは、やはり
まあ、あなたの野望、野心は一つ絵で見ることにいたします。今後どういう野心が絵にあらわれるかということを見たいと思うんです。 最後に、非常に問題が飛んで恐縮なんですがね、先般おたくの労働組合が相当長期にわたってストライキをやっていましたね。あれを見ながらいろいろと考えたんですが、いままでの工業社会における争点、いわゆる争いの原点というのは、確かに工場を中心にまき起こっておりましたね。いわゆる物を生産する周辺に争いが起こっておった。これが工業社会の特質だと思うんです。物を生産するものを中心に組織された社会なんですから当然だと思うんですが、ところがそれが離陸してやがて知的生産が中心になる情報化社会に入ろうとしているわけですね。したがっ
どうもたいへん長い間失礼をいたしました。 ただ、最後に、NHKに望みたいのは、とにかく、若い者の中に一種のばく然たる不安というものがあることは事実なんですね。これは日本だけではございません、世界的傾向であります。カミユに言わせれば、形而上的反抗に対する衝動だ、こういうふうに表現しておりますが、これはあることは事実なんですね。それに対してNHKあたりは、ただある姿を映像で流していくというだけでは済まなくなるのじゃないか。あるNHKの記者の諸君と論争したことがあるのですが、あんなものを流してけしからぬじゃないかと、こう言って私が詰問したところが、とんでもないですよ野上さん、現実がある、それをわれわれは絵で送っているというだけですよ、
いつもお断わりしますが、私はすわって質問しますから、どうか大臣も会長もすわって御答弁くださってけっこうです。 この質問にあたりまして、私は、これを四十二年度の単年度の決算ということではなくて、いわゆる第二次六カ年計画の最終年としての決算という意味で、この六カ年にわたる問題にも触れて質問をしたいと思いますので、あらかじめ御了承いただきたいと思います。 この六カ年の間に、言いかえれば第二次六カ年計画の中で、NHKが実行された特徴的なものは一体どういうものですか、その点をひとつおあげ願いたいと思うのです。どなたでもけっこうでございますから。
まあこの第二次六カ年計画の結果、NHKにとってはいろいろ問題に直面しておるわけですが、集約的に表現すれば、来たるべき科学技術の時代に対処するためのNHKの近代的基礎固めをやった時代、こういうふうに解釈してよろしいですか。
それで、その近代化の、何といいますか、中心的なものは何ですか、たとえばコンピューターのようなものですか。
一つ一つお聞きしたいんですが、コンピューターというのはNHKが買い込まれて設備されたものですか、それともどっかから借り入れてやっておられるんですか。
借り入れるわけですね、そのハードウェアを。
そうしますと、借り入れた、そのハードウェアそのものはどれくらいあるんですか。
そうすると、すでに四十二年の段階において国産のものを借り入れて、もうすでに返してしまったというものもあるわけですね。
そうしますと、現在残っているのは幾らなんですか。これはあまりに子供の数学遊びみたいでなかなかむずかしいのですけれども。