たとえば昭和三十七年度当初における管理職の数と現在の管理職の数ではどのぐらいの開きがありますか、ポストの数です。
たとえば昭和三十七年度当初における管理職の数と現在の管理職の数ではどのぐらいの開きがありますか、ポストの数です。
三十七年度は、当初は幾らぐらいですか。
いろいろなそういう原因があると思いますが、ただ、いま小野副会長が言われたように、四十二年度においておおむね四百だったものが四十四年度に、わずか二年間に六百にふえているわけですね。かりにこの発表された数字が正しいとすればですよ。そうすると、三十七年度における管理職の数ということになると相当少ないと思うのですね。だから、現在相当やはり管理職はふえているのじゃないか、だから管理職の平均年齢が落ちてきたのじゃないかというようにちょっと考えたのですが、これはそんなに私は管理職をふやすことがいい悪いということを言っておるわけじゃないのですが、ただ、そういう分析のしかたではまだちょっとなまぬるいのじゃないかというような気がしたものですから聞いてみ
そうしますと、NHKの傾向としては、やはり科学技術の進歩の第一線にある職場として、いわゆる古い教育を受けた中高年齢層ではつとまらない職場であって、将来やはりだんだんと専門化した人たち、特に若い人たちが求める職場としては適当であるというよりも、必然的にそういう傾向をたどるだろう、こういうふうに理解できますか。
そうしますと、いまの理事会を構成しているメンバーの平均年齢は幾つくらいですか。
そうしますと、一般の管理職と一般の従業員との間の年齢的な隔絶はほとんどなくなってきた、いわゆる対流社会といいますかというような状態になってきつつある。そしてその理事会と一般の管理職あるいは従業員との差は非常に開いておるというような珍現象が出てくるんだが、その間に断絶はないですか。
これは私もその点は同感なんです。ただ、戸籍上の年齢によって左右するということは危険が伴うと思うのです。常に頭脳を訓練している人はいつも若いと思うのです。そのことは別としまして、そのことは論外といたしまして、片や管理職のグループが会議を開く、その平均年齢は三十六歳である。こちらのほうは五十七歳である。一般職員は二十何歳である。こういう三つのグループに分かれるわけです。ということになりますと、私の考えるのは、そういう行き方ではなくて、平均年齢三十六歳の管理者の中にも五十五歳の人もおるし、あるいは二十何歳の人もおるし、いわゆる長と言われるものの中に比較的年輩者もおるし、若い人もおる、中高年者もおる。いろんな人がまじっておるというような組織
そこで、さっきの私の考え方なんですが、たとえば管理職なら管理職の会議で、一つのブロックの中に同じ年齢の人ばかりが入ってものごとを協議するということになると、いつも同じ結論が出るというふうに私は思うのです。私は、いろいろな会議に出てみても、いろんなことをやってみてそういうような気がするのです。そこに年齢の相違があり、考え方の相違のある人が一ぱい入って一つの会議を持つというところに好ましい結論が生まれてくるのではないかというような気がするのですが、その点は、ただ若いだけが私はいいとは言えないというような気がするのですが、その点どうですか。
確かにNHKの業務の内容から言ってですね、これは官僚化してしまうと、これはもうNHKの存在価値を問われるということになると思いますね。その点は特に注意されておると思いますが、だんだんさっき言ったように、大きくなってまいりますと組織がやっぱり安定してくるわけですね。そうしてやっぱり経営も安定してくるわけですね。しかも、日本の経済の成長は今後まだ十年くらい続くだろうと言われておりますから、したがって、NHKの経営としても安定してくるだろうというように見てきますと、企業は大きくなって大型化してくる、経営の内容は安定してくるということになれば、私は必然の結論として、さっき言われた歴史の中の一部として小さなソビエト化して、あなたの論を借りれば
かくあるべきだということと、かくあるということとは違うわけですね。したがって、会長の意欲というものについてはいま承ったわけですが、その点私も同感なんですが、はたして会長の意欲のとおりに現実は動いておるかどうかというのが問題です。私もたまたま地方なんかに出張したときにNHKの支局に寄ってみるんですが、いつ行っても同じメンバーでやっておるわけですね。彼らにはやっぱり希望がなくなりつつあるような気がするんです。ということは、人事交流もいわゆる労務担当から経理部長へ、あるいは会計部長から労務部長へというような人事の交流もけっこうでしょうけれども、そういうふうな地方における職員と中央との交流であるとか、あるいは地方同士のまた交流であるとか、そ
これはまあ私には別に具体的な例があるわけじゃございません。ただ一般論的にいって、先ほど十九億の機械化を、施設を購入している、相当の節減をはかったということを言われたのですが、六億か五億か知りませんが、それくらいの人事交流経費でいわゆるNHKの老化を防ぐことができ、バイタリティーをつけることができるならば私は安い投資だというふうな気がするんですがね、NHKの今日の規模から見て。したがって、積極的にそういうこともひとつ考えてみてもらいたいというような希望だけを申し上げておきたいと思います。 それと、やはり大きくなればどうしても何といいますか独善主義というような、ことばは悪いのですが、そういうものにおちいりやすいですね。おれについてこ
その練習する三日間を入れても単価は安いわけですか。
その三日間の練習期間というのはやはりギャラというものは払うわけですか。
そうしますと、民放とNHKの選び方の違いは、民放の場合は人気、これが第一の要件、NHKの場合はキャリア——実力、これが第一の要件、こういうわけですね。その実力というのはだれが判定するのですか。
そうしますと、あらかじめ、何百とおる歌手の中でAクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラスというふうにちゃんと区分けができているのですか。
そういうランクをつける一つの専門委員会みたいなものがあるわけですね。そういうもののメンバーなんというのは発表できるのですか。
そうしますと、自然的に、NHK好みの歌手というものを選ぶという結論になるわけですか。
そういう話は切りがありませんから、適当なところでやめますが、私はNHKが非常に大きな機械化をやっておられることは知っておるし、また、いま御説明も聞いたわけですが、ある本を読んでおりましたら、近代社会において一番大きなおそるべき障害は何かというようなことが出ておりましたが、それはおそらく機械事故であろう、こういうふうに言われております。たとえば、東京都に将来二千万あるいは二千五百万人が住むということになると、これが使っている機械というものはこれは非常に大きな数にのぼるし、多種多様にのぼるだろう、したがって、電気一つがとまってもおそらく二十四時間とまれば東京は人類——人間が住むにたえないような非常な廃墟になるだろうというふうに言われてお
それはかりに停電が二十四時間続く、あるいは四十八時間続くという場合でも、それに関係なくNHKは放電できるわけですか。
電気の場合はかねがね私も聞いておったのですが、受信するほうの電気の事故がなければ、とにかくNHKはいつでも放送できるという体制にある、こう考えてよろしいですね。 それからあと、先ほど来の質疑応答の中でコンピューターによる省力化が相当進んでおるわけですね。したがって、補完的であろうが何であろうが、繁雑な仕事はほとんどコンピューターにやらせておるということは、それだけ人間が省略されているということになるわけですから、コンピューターが一つとまってしまうと、それだけ仕事が行き詰まるということが考えられるのですが、その点はだいじょうぶなんですか。たとえば、万博のテレビを私見ておったのですが、あれだけ準備万端整えて、周到な準備のもとにやって