そうしますと、電波監理審議会とも当然……。
そうしますと、電波監理審議会とも当然……。
私も、法案の前に当然、利用——利用といったらおかしいですが、失礼になりますけれども、当然相談をしていく、お互いの意見を交換しておくべきだったと思います。したがって、先ほどNHKのほうでも言っているように、法案そのものはいい、しかし、政令はどうなるかわからぬ、この政令を見なければ、この法案の実体はわからないというほど、この法案というものは抽象的になっているということになるとするならば、政令というものは、非常に重要なものになりますね。法案は合憲であっても、政令のほうは違憲になるかもしれないというおそれもあるわけです。したがって、その点は万遺憾のないように十分ひとつあなたのほうで配慮することを約束してくれますか。
CATVというのは、電波監理局長、正確な英語で何と言うのですか。
コミュニティ・アンテナ・テレビジョン、これがCATVの英語ですね。その上のCAをとったやつが、頭文字をとってCATVとしたのですね。それは日本文に訳した場合にはどういうふうになるのですか。今度出された法案は有線テレビですね。それはCATVじゃないですね。この場合のテレビジョンはどういう意味ですか。有線テレビというのはケーブルテレビですか。
この法案を審議するに際して、CATV、CATVと言っておりますね、みんな簡略に。ところがその内容を聞くと、それはコミュニティ・アンテナ・テレビジョンの略語であるということになると、それは共同聴取の訳語なんですね。したがって、有線テレビ、有線放送と言った場合には、CATVじゃないですね。あなたの言うCATVじゃないですね。それは別のケーブル・テレビ、これもCATVじゃないですか。ちょっと略してみれば、そっちのほうじゃないですか。どうもその辺がこんがらがっているように思うのですが、その点はどうですか。
郵政省が最初に出された法案ですね、修正前の。これにはもう明らかに提案理由の説明の中にも共同聴取ということがはっきり出ていますね。したがって、その場合に、私はCATVというのはいいと思うのですね。しかし、今度の修正案を含んだやつになると、これはCATVでもケーブル・テレビのほうに変質したのじゃないか、有線テレビ放送と共同聴取というものとは違うのじゃないでしょうかね。共同聴取という場合には、明らかに現在あるものを、見えないから共同してやろう、アンテナを立ててテレビを見よう、こういうことですね。ところが自主放送なんというのが入ってきますと、それはもう共同ではなくして、いまのあるやつを共同で見るというのじじゃなくて、新しい分野がここに開かれ
コミュニティ・アンテナ・テレビジョンの場合は、先ほど言ったように、これは明らかですね。現在の無線で送られている絵を、見にくいところがみんなで寄り集まってあるいは組合をつくったりして一つの共同アンテナを立てて、ここから有線で個々に見えるように分配しよう。これがいわゆるコミュニティ・アンテナ・テレビジョンのほんとうの姿ですね。そうですね。ところが自主放送というのは、今度これは違うのですね。いわゆるいままであるテレビジョンを共同のアンテナを立ててみんなに配るのじゃなくて、別の無線でない、有線の一つの方法を考え出していく、そして見えないところにこれを自主的番組をつくってやっていくということになると、いままでの放送業務とは違ったいわゆる有線放
そうしますと、電波監理局長としてのこの問題に関する認識は、いわゆるCATV、コミュニティ・アンテナ・テレビジョンと自主的に送られる有線テレビというものは根本的に性格が違うと、こういうふうに認識されておると言われるのですか。
わかりました。 問いを変えますが、アメリカでCATVを何と言っているか私も知りません。そのことはもういいです。アメリカはアメリカの立場に立って何と言おうが、それはかまわない。ただ問題は、日本の電波監理局長として、将来の電波行政から見て、自主的に番組を編成をしてそして有線をもってテレビジョンを送ってくるというものは、従来ある無線によるテレビジョンとは全然性格の違うものですねということを聞いているのですが、その点はどうですか。
無線の場合はよく国民の電波だと、国民の波だと、こういうことがよく言われますね。しかし有線の場合、国民の有線だなんということばはありませんね。どうしてそうなるのですか。結局、無線という場合は、いわゆる有限のもの、これを国民の福祉と利益のために分ける。そのためにはどうしても郵政当局のコントロールが必要、中央官庁のコントロールが必要になるだろう、そこにチャンネルプランというものが出てくる、これは私はわかりますがね。しかし有線の場合は有限のものじゃないですね、そういう意味では。したがって、有線で送るのに、何で郵政省が有限のものでないものをコントロールしなきゃならぬか、許可しなきゃならぬのか。そういう点はどういうふうにお考えになっておりますか
この独占になる可能性が強いというのは、政府として独占にしたいということですか。
それは、何といいますかね、あなたのほうでそうかつてに考えられておるだけであって、国民のほうは、それは選択できるのじゃないですか。幾つあったって、いい絵で安い絵を流してくれるやつを望むのじゃないでしょうか。何も、独占になるはずだと言っても、ならないかもしれませんね。そうじゃなくて、あなたのほうで独占事業にしたいというのですか。
あなたのほうでね、盛んに安くていい映画を送らなければならぬ、それはわかりますがね、しかし、それはだれがきめるのですか。その安くていい映画というのは、国民がきめるのじゃないのですか。国民の選択にまかせたらいいのじゃないですか。何もあなたの言うように、独占にならなければならぬ、なるだろう、それのほうがいいのだというそういう理屈は成り立たぬのじゃないですか。あなたが見ていい絵だと、これならよろしいと許すというのですか。
それは事実上独占になるというけれども、あなたのほうで、そう独占にしようとしておるのでしょう。もっと具体的に聞きましょうか。たとえば、あなたの指定地域にCAテレビの許可申請がきた。それで一つ許可した。二つ目がきたら、二つ目許可しますか。しないでしょう、するのですか。
それは許可しないんですね、もう。そうすると、あなたのほうで独占をここにしこうとしておるわけですね。
一般の放送の場合は、放送法というものがあって、あるいはまた電波法というものがあって、いわゆる放送コードというものがありますね。こういうものをやってはいかぬ、あるいはこういうものでなければならぬというふうに一つの規制がありますわね、波を流す場合に。今回の場合はそれは適用するわけですよね。いわゆる放送コードというものは適用する。その上にさらにあなたのほうで見て許可するわけですね。番組がいいとか悪いとか、いわゆる低俗でないとか、低俗というのはあなたのほうで検査して、それであなたのほうでそれを認めるとか、認めないとか、許可するとか、許可しないという一つの判断をするわけでしょう。そういうふうになりますか。
そうしますと、何といいますか、郵政省へCAの申請があった場合に許可する。許可するときの条件の中に、どういう番組を報道するのだとか、どういう計画持っているのだとか、どういう財政内容なんだとか、いろいろ申請の内容出させるわけですね。それを見てあなたのほうで判断して、これならばいわゆる放送法に合っておるし、よろしいということで判断するんですか。その点はどうなんです。
いまの論争を聞いておりますと、郵政当局としては、法律論と行政指導をごっちゃまぜにしているようなものですね。法律的に独占なんていうことを規定できるわけの問題ではないでしょう。そうですね。ところが、あなたのほうは、行政指導で何とかそれをやろうとしているわけです。しかし、私たちが心配しているのは、その先を読んで、かりに、行政指導してもいいです、それでたまたま一地区一つの許可をした。しかし、第二のやつがやはり出てきた。この新たなのは不許可になった。これが裁判ざたになって、あなたは勝つ自信があるかどうか。負けるということになると、そうすると、ここに出てくるわけですね、株式会社が。営利を追求する者でも何でもいいです。とにかく出てくる。第二の会社
仮定の問題ですけれども、しかし可能性を持った問題ですから、その点は相当慎重に考えていかないと、とんだことになってしまうというように心配するのです。 そこで私は、あなたの意図はわかります。大体再放信が主だったったんですね。要するに難視聴地域の方々に、すでに送られている電波が見えないのじゃ気の毒だ。したがって、今日の状態の中で、平等に福祉を享受してもらいたいというのが、いわゆるCATVのそもそものスタートなんですね。ところが、そうだとするならば、いまあるのはもうこれは私に言わせれば造反有理だ。これはNHKにも私は民放にも責任があると思う。こういう状態になることがわからなかったという業者は、私はおかしいと思う。いつまでも難視聴地域とい
郵政省どうですか。