御指摘のとおりだと思いますので、速やかに提出いたします。
御指摘のとおりだと思いますので、速やかに提出いたします。
事業団といたしましては、現在のスタッフ、予算、組織及び今後予算でお願いする、そういうもので全力を尽くすわけでございますが、御案内のとおり、原子力の非常に広範な分野におきまして、特に基礎的な研究部門になりますと、やはり古い歴史と多くのスタッフを擁しておられる原子力研究所等が非常に大きなデータを持ち、人員もそろえておられるわけでございますので、従来からもいろいろな面で原子力研究所の協力をいただいておりまして、今後も原子力研究所等の協力をいただきたいと思っております。 ただ、それを利用といいますか活用して、私どもとしては、そういう基礎的ないろいろな資料それから解析、そういうものもいただきながら、それをまとめ上げてといいますか、事業団と
お答えいたします。 まず、御質問の第一点の世界における原子力船の研究開発の動向でございますけれども、先生御案内のように、ソビエト、アメリカ及び西独におきましては原子力商船の開発を現にやってまいったわけでございます。 御案内のとおり、アメリカにおきましてはサバンナ号を建造し、これを運航いたしまして、そして世界の数十カ所に寄港をして実験航海をやりました。大体現在はその使命を終えましたためにガルベストンですか、ここに係留いたしておりまして、すでに解役となっております。この間原子力商船としての技術的なデータというものはかなりの蓄積が行われておるように承知いたしております。 西独におきましてはオット・ハーン、やはりこれも特殊法人の
安藤委員会の御指摘に基づきます諸般の業務につきましては、私どもは、これを今後の業務推進の一つの大きな指針として、これに基づいてやっていっておるところでございます。その間、諸般の体制につきまして、先生御案内のように二つの大きな柱がございまして、一つは、遮蔽改修の工事、一つは、それと並行して行われる安全性の総点検でございます。 遮蔽改修の工事につきましては、いままでこの場で議論をされたわけでございますが、諸般の事情から、本年の四月に関係の施工者と基本的な合意ができましたので、ただいまから遮蔽改修の工事に取りかかる準備をして、すでに一部その準備が開始されておるということで、遮蔽改修工事はその緒につき始めたということでございます。
いま申し上げましたようなスケジュールで五者協定の期限内に終えるように、いま最大限の努力をいたしつつあるわけでございます。
そのとおりでございます。
先生のただいままでの御質問を承りまして、私ども非常に反省をいたしておるわけでございますが、ただいま大臣並びに局長がお答えいたしましたように、直接現場に職員がおりまして業務を実施しているのは私どもでございますので、たとえば現在、佐世保におきましては県、市及び県の漁連等に対して一カ月に大体一回の割合で会合を持ちまして、私どもの方から、工事に関しては工事担当の理事が大体出向きまして、いままでの仕事の進捗状況を説明いたしております。そういうことをやっております。したがって今後とも、この問題はさらに続けたいと思いますし、それから、これは工事が始まりましたので、事実上できなくなりましたけれども、佐世保に係留以来今日まで一年間の間に、かなり地元の
いままでも、そういう県、市、漁連の関係の方々に対して、資料もお出しをし、工事の専門家が説明をしたりいたしておりますので、これは向こうとよく意思の疎通を図って、なるべく御要望に応ずるように会合も開き、資料の提出もやるということで、できる範囲の接触をし、また御理解を深めるための努力を続けたいと思います。
事業団といたしましても、御指摘のように、地元に対しまして従来より一層の御理解と御協力を得るように誠意を持ってPRをし、わかりやすく説明をして、また疑問の点については、いろいろと懇切丁寧に解説をするというようなことによって地元の一層の理解をいただくような努力をあらゆる機会をとらえてやってまいりたいと思います。
五十五年度では見ているといいますか、結果的にはふえておりません。
約百四十名でございます。
本年の四月十六日現在で申し上げますと、出向してまいりました者が九十三名、それから本来事業団で初めからおりました者が三十五名ということでございます。
五十六年の十月の中旬、下旬ということでございます。
施工者と契約をいま急いでおりますけれども、これも一本の契約で初めから終わりまでできませんので、部分契約というようなことをやりますから、現在の契約ではございませんが、結局、最後は五十六年の十月の中旬、下旬ということで修理が終わるような契約になる予定でございます。
現在まだ契約が詰まっておりませんので、お出しするのにちょっと間に合いません。
事業団の技術陣につきまして、その後先生等からいろいろと御指摘をいただきまして、私どもも、できるだけその方向でやってまいったつもりでございますが、現在も時限立法であるという大きな制約もございまして、出向職員がかなり多いということは御指摘のとおりでございます。四十九年と現在と比較をしてみますと、人数においてはほとんど変わっておりませんで、放射線の漏洩当時は出向者全部で九十五人でございましたが、現在は九十三人というところで、大体同じくらいの人数の者が出向いたしております。ただ、その出向職員の中の管理職につきましては、放射線漏洩当時三十五人ありましたのが現在は四十五人ということで、上級の職員は十名ほどふえておる、そういうことで内容的にはかな
基本的な考えといたしましては、先生の御指摘のとおりでございます。こういう非常に高度の専門的な技術者は、そこへじっくりと腰を落ちつけて生涯の仕事としてやるということが、私は、団のためにも、また当人のためにもなると思います。しかし現実には、なかなかそうはまいりませんものですから、今後少しでもそういう傾向を強めていくようにしたいと思いますし、それから、これはまた一面お願いでございますけれども、いまの暫定機関であるということが、そういう定着を不可能ならしめているという大きな原因でございますので、その辺もひとつ御理解をいただきたいと思います。
「むつ」が佐世保港に回航されましてから、いわゆる係船等の契約を極力急ぐべくいろいろとやったわけでございますが、基本的には、私どもの考え方と申しますか、事業団といたしましては、造船所の岸壁に、相当長期間でございますけれども、船を係留して、そこで警備体制を整えて、また、そのための施設も要る、それから「むつ」の改修のための建屋等も要る、そういうことをもとにいたしまして、私どもとしての立場から一つの計算をして向こうと折衝をしたわけでございます。しかしSSKとされましては、その当時の考えが私どもと基本的に違いますし、その間に折衝が非常に難航をした。それからそれ以外に、その後に至りまして佐世保重工から、「むつ」の修理の主契約者を辞退したいという
五十三年の十月に「むつ」を係船したわけでございますが、これは先般も私、申し上げたことでございますが、係船に先立ちまして、地元の県、市及び長崎県の漁協との間に、国、私ども事業団といわゆる五者協定をいたしまして、佐世保に回航して、そこで修理を行うということの合意が整ったわけでございます。また一方、SSKとの間では前の社長の時代から、また科学技術庁及び運輸省もそれぞれの当時の大臣の時代からいろいろと折衝をいたしておりましたし、私どもとしても、佐世保の事務所もつくり、向こうのSSKの方にも、部内に「むつ」の改修に専門的に当たるプロジェクトチームをつくっていただいて職員の派遣をしていただくということでいろいろと事実上の合意を重ねてまいったわけ
係船料は、五十三年と五十四年度につきましては月間四千万円ということで契約を結んで妥結をして、これは時期的にはいまの五十五年度より少しおくれたわけでございます。 ただ、どういう相違かということでございますが、私どもいわゆる係船料ということの中には、単に岸壁に係留するという料金だけではございませんで、岸壁に係留してその岸壁を使用するということと、それから、そのために相当の警備の施設が要る、特殊のフェンスを張りまして、そして安全のためとそれから警備のための施設をしなければなりません。それから所要のガードマン等を陸上にもそれから船上にも配置をする、それから私どもの事業団のために建屋をつくるというようなことがございまして、私どもとしては、