今、図らずも出た問題等を具体的におっしゃったわけですけれども、この問題について、「防衛計画の大綱」の別表の解釈からそういうものができるかどうかの問題と、できないとするならば、どこまでできるのか、あるいはそれがいわゆるポスト大網になるのかどうか、その点についての立て分けはどうお考えでしょうか。
今、図らずも出た問題等を具体的におっしゃったわけですけれども、この問題について、「防衛計画の大綱」の別表の解釈からそういうものができるかどうかの問題と、できないとするならば、どこまでできるのか、あるいはそれがいわゆるポスト大網になるのかどうか、その点についての立て分けはどうお考えでしょうか。
洋上防空体制研究会、それから陸上防衛態勢研究会の位置づけでございますけれども、今後続けられていくというふうに思うわけでありますけれども、六十三年の中期防の見直し、それから六十五年の中期防の最終年度から、やはりポスト防衛計画大綱をにらんだ研究会というふうな可能性になるのじゃないか。もう本当に短期間の研究じゃないんだ、これから二十一世紀までというまでの、長いというわけにもいかないかもしれませんけれども、かなりの長い、少なくともポスト防衛計画大綱に踏み込んでこれから研究されなければならないだろうというふうに思うのですけれども、その点はどうなんでしょうか。
先日の防衛二法の趣旨説明の折、答弁にお立ちになった栗原防衛庁長官は、本年度は円高による輸入価格のダウンや節約、不用額を合わせれば、人事院勧告の完全実施を行っても防衛資はGNP一%枠内におさまる旨の発言をされました。私どももGNP一%におさまるということについてはその努力を多とするわけでありますけれども、しかし、革新発表では、ならぬわけでございまして、数字的な根拠をどのように考えておられるか、それを明らかにしていただきたい。
今数字的な御説明がありましたので、その点かなり御努力はされながら、GNP一%枠におさまるということに対して防衛庁長官が本会議で確信を持って言われたことについてはなるほどなと実は思うわけですけれども、しかし、六十一年度の予算編成の経済成長率は四%と見ているわけですね。巷間伝えられるところによると、今のような状態だと二、三%じゃないか。さらに、内需拡大の総合経済対策等をやれば若干上がるにしても、やはり四%は期待できないということなんです。 そこで、経済成長率四%によって今計算されているわけですけれども、これはGNP一%以内におさまるということを防衛庁長官は言われたわけですから、これから総合経済対策をやって上乗せをしていくという形で経
次に、思いやり予算について若干伺いたいと思います。 防衛施設庁の基地対策費でよく思いやり予算という言葉が使われますけれども、この思いやり予算というのはどういう性格のものなのか、また、提供施設の整備及び労務費の一部負担という思いやり予算の法的根拠はどこにあるのでしょうか。
アメリカと日本との場合では地位協定に基づいていろいろと解釈するわけでありますけれども、地位協定の二十四条一項は、大前提としての米国負担の範囲が、すべての経費を日本に負担をかけないで米国が負担をする、このように示されておりますね。その二項で日本の負担すべき内容を実は示しているわけであります。すなわち、二十四条の一項では日本の負担とすべきものは読めないわけですね。そのように解釈すべきであるわけでありまして、一項で日本が労務費の一部を負担することができると読むというのは若干無理があるのじゃないでしょうか。
大分苦しい御答弁ですが、二十四条二項では日本の負担すべき内容が示されておりますけれども、そこでは労務費の一部負担などというのはどうしても読めない、一項の合衆国軍隊を維持することに伴う経費というところに当たらない性格のものであるというような理屈をつけて読んでいるところに無理があるだろうというふうに私は思います。 思いやり予算は、昭和五十三年度予算で労務費の一部負担として福利費等を六十二億円計上したのが初めてで、五十四年度には、さらに給与の一部と提供施設の整備が計上されて三百億円、その後今日に至り六十一年度には八百十七億円にもなってきておりまして、将来も当然ふえ続けていくようなことが予想されます。 十月二十六日の新聞では、労務費
もう時間もそろそろになりましたので、そこで、若干防衛庁長官にお聞きしなければいけない問題があります。 それは六十一年十月二十二日、防衛庁から安保特に出されました九月二日から九月八日に訪米された栗原防衛庁長官の訪米報告の中で、「米軍の艦載機着陸訓練場確保の問題に関しては、ワインバーガー長官から、その必要性を強調し、早期解決の努力を希望する旨の発言があり、」栗原防衛庁長官からは、「本件適地としては三宅島以外にはないので、引き続き地域住民の理解を得るよう私の責任において最大限努力したい」と述べたとありますけれども、先日の自民党の委員の質問に、NLP訓練が三宅島が最適である、三宅島の将来について島民の皆様と話し合いたいという答弁があり、
最後です。 例のいわゆるNLPの訓練というのは、厚木でもよく言われておりますけれども、最大の騒音は百三十ホンに及ぶわけでして、少なくともこれは異常ですよ。自然の破壊というものはおびただしいというように私は思っております。 そこで防衛庁長官、あなたはなぜ三宅島に固執するのでしょうか。アメリカの方では、それじゃ三宅島ということで指定してきているのでしょうか。その点はどうなのか。あるいは浮体工法で十分もっと早く物を解決することができるはずです。浮体工法だってアメリカにおいてもう既に大変な開発がなされておりますし、日本にそういうふうなNLPの開発がなされるというならば、ぜひ入札等にも参加させてもらいたいということもあるし、また、造船
これで質問を終わりますけれども、いずれにしても島民が反対をしているわけですから、その反対の意思を尊重しなければ議会制民主主義とは言えないわけですから、どうかひとつそういう点についてよろしくお願いいたします。
今回、衆参のダブル選挙を受けて、初めて内閣委員会として委員会が持たれたわけでございます。なかんずく、今回人事院勧告が国会並びに政府に提出をされたのを受けてきょうの委員会が開かれたわけでございますけれども、きょうは、人勧の問題、靖国神社の公式参拝の問題、GNP一%の問題、それと同時に、若干時間があるならば人勧の中身も少しやりたいと思っておるわけでございます。 そこで、人事院総裁にまずお伺いをいたしたいわけでございますが、本来、人事院は、民間企業の調査結果で給与の較差が五%を超える場合は勧告をしなければならないと規定されておりますけれども、今回の勧告率は二・三一%という、昭和五十四年の三・七〇%を下回る史上最低の勧告率でありました。
人事院総裁、二点お聞きしておきますけれども、今図らずもおっしゃいましたけれども、労働基本権の代償機関としての第三者機関として人事院があるのだということになれば、その仕組みからいうならば人勧は完全実施ということ、これは当たり前のことですね。ところが、今日まで何回も凍結あるいは値切り、そして繰り延べというようなことが繰り返されておるわけですけれども、これに対して人事院総裁はどのような御所見でおられるのか。今回こそは何としても完全実施をしてもらわなければ困るというふうに政府に強く迫られる御決意があるのかどうか。それが一つ。 もう一つは、二・三一%という大変に低い率でございますけれども、今図らずも、率は少ないけれども額は非常に大きくなっ
毎年勧告をされるということ、結構だと思います。やはり、何といっても公務員の給与というものは生活を直接担っているだけに、この較差をそのままにほっておくということは問題であるわけでございまして、そういう意味において、人事院総裁の、前向きでありますけれども、私はなんて言わないで、人事院としてはというふうにおっしゃった方がなおさらいいように感じます。 そこで、勧告の内容、問題については後ほどお聞きいたしますけれども、幾ら人事院の勧告がなされても、それを完全に実施しなければ何の意味もないわけであります。 そこで、後藤田官房長官にお伺いいたしますけれども、人勧の取り扱いについては、政府は、五十六年度以来財政難を理由に実施時期の繰り下げ、
官房長官 、八月十五日に第一回の給与関係閣僚会議が開かれ、結論は持ち越しになったようでありますけれども、会議ではどのような論議がされたか。いろいろ意見が出されたということはおっしゃっておりましたけれども、空気はどんな空気だったか。 それから官房長官、あなたはまとめ役で、発言を控えたとおっしゃっておりますが、あなたの本気はどうなのか。いわゆる気持ち、それはここでおっしゃった方がいいですよ。そのときは要するにまとめ役であったから、あなたが出しゃばって言うということは控えたのだろうけれども、いろいろとこれからもあれですから、ここでは本気をおっしゃった方がよさそうですよ。 それからまた、次回はいつ開き、いつごろその結論が出されるのか
あなたが言われた過去の経緯というのは、とりもなおさず、官房長官がちょうど総務庁長官であったときに、三年ということについて、完全実施をするなら私は三年ということをめどとしてやりたい。しかしそのときは、なぜ完全実施をしないのかということで大分国会でも論戦になったわけですね。しかし政府は三年ということで、少なくとも公務員の方も三年ということはやはり頭に残っている問題なんですね。となると、この三年は実はことしなんです。公務員の方は、ことしはもう完全実施だ、こういうふうにはっきりと割り切って期待をしているわけですよ。ところが、どうも官房長官は歯切れの余りよくないようなことを言われるのですけれども、いっそのこと、完全実施をことしはぜひやりたい、
今の官房長官の発言で、ことしは、三年の約束であるからこの過去の経緯を踏まえて完全実施をするということのお話であろうというふうに期待するわけであります。 この問題はこの程度にいたしまして、次に進みたいと思います。 八月十五日といいますと、これは忘れることのできない終戦の記念日であり、第二次世界大戦によってはかり知れない多大の犠牲者を出した戦争の悲惨さ、恐ろしさを思い出すにつけ、今日の平和の喜びと、二度と戦争の道へ逆戻りすることのないよう、国民として誓いを新たにする有意義な日であることは申すまでもありません。それとともに、戦争で亡くなられた方々への追悼並びに慰霊は国民感情として当然でありますが、憲法に抵触する靖国神社への公式参拝
「近隣諸国の国民感情にも適切に配慮し」ということで官房長官の談話にも出ておりますけれども、今回靖国神社に閣僚が十六人ぐらい参拝された。その閣僚に新聞記者がいろいろとお聞きしますと、いや私は私的参拝ですとおっしゃる方、いや私は私的参拝でも公式参拝でもどちらだということは言えませんと言う方、それからもう一方は、いやもうおれは公式参拝だと公言しておった、そういう閣僚も何人かいた。これはテレビで映ったとおりですから、そんなことを否定することは何もないわけです、そういうふうにおっしゃったのだから。 政府としては、その中で閣僚がみずから公式参拝であると公言することについて、こういうことを望ましいことだというふうに思っておられましょうか。閣僚
それでは、閣僚の中で公式参拝だと言うことに対して、後藤田官房長官はこれをお認めになる、政府としてお認めになる、こうでいいのですか。
そうなりますと、閣僚といっても国家権力を構成するところの内閣の一員なんですよ、その内閣の一員が、政府が決めた、公式参拝はことしは取りやめますよというのにもかかわらず、公式参拝を私はやっているんだ、こういうふうなことに対しては、政府はそれを容認をするというお立場なのか、ああいうふうなことは慎んでもらいたいなというふうにお思いになるのか、その点はどうなんですか。
内閣総理大臣の言うならば公式参拝を行わないということであるならば、これはやはり閣僚だってかなり配慮をしなくてはならない点じゃないでしょうか。昨年は、内閣総理大臣が公式参拝をやると言ったらみんなぞろっと公式参拝したじゃないですか。それでは、内閣総理大臣がことしは海外のいろいろの国民感情、近隣諸国の国民感情を考慮して公式参拝はやらないよと言うならば、やはり閣僚はその公式参拝に対しては、少なくとも、自分は心でそう思っておったって、言葉に出して公式参拝だと言うことに対して、それは望ましい、そのように政府としてはお思いになっているのか。それは信教の自由だからどうのと言うかもしれないけれども、要は閣僚の一員として、総理大臣がそういうことを言われ