なかなか責任についてはお答えにならないのでございますが、そうすると、その会合で自民党の国会議員が発言をした、その発言は一切ない段階で退席されたということでよろしいですね。
なかなか責任についてはお答えにならないのでございますが、そうすると、その会合で自民党の国会議員が発言をした、その発言は一切ない段階で退席されたということでよろしいですね。
いずれにいたしましても、官房副長官というお立場ではないというものの、政府の要職についておられる方が出席をして、しかも期数が最も長い議員として出席をして、その趣旨、あるいは事後的にこういう大問題になったことについて、途中で退席したから自分は全く関係ないというような趣旨に今聞こえたわけでございますが、私は、途中で退席したから自分は何も関係ないというのは、本当にそういうことでいいのかどうか。これは後で同僚議員も質問をさせていただきます。私は、この問題は終わっていないと思います。 これについてこだわる理由は、私もかつてマスコミの端くれにおりましたので、こういうことがどんどん広がっていくと、国が本当に危うくなるというふうに考えているんです
そうすると、大臣にもう一回お伺いするんですが、この法律が成立したとしたら、防衛出動を下令するのは総理大臣でありますが、当然補佐をされるわけでありまして、大臣が七十年前の戦争の教訓を正しく胸に刻んでいるか否かが、この法律によって間違えた戦争をしてしまうか否かに私は大きくかかってくると思っております。 再度聞きますが、我が国がなした昭和の一連の戦争、これについては誤りだった、国策を誤っていた、こういう理解でよろしいんですか。
私はちょっと不可解なんでございますが、当然、中谷大臣は、私もそうですけれども、七十年前の戦争、これは政策を誤った、間違った戦争であった、こういうことから戦後出発したというふうに理解しているんですが、その間違えた戦争だった、政策を誤ったということは何で言葉としておっしゃらないんですか。明確に言えないわけですか。おっしゃっていただきたいと思うんですが。
私は、これはすんなりお答えになって、次の質問に行くという予定だったんですが。 これはちょっとおかしいんですね。私は非常に首をかしげるわけでございます。 例えば、今おっしゃったのは、昭和十一年、政治の上に軍が来てしまった、軍部大臣現役武官制のことをおっしゃいましたけれども、ですからこういうことを含めて、昭和の一連の戦争、これは政策を誤ったということをここでおっしゃっていただかないと、私は、この法律が、強行はしていただきたくないわけですけれども、仮に強行して成立をするということになったときに、本当に運用が大丈夫か、こういうふうに思わざるを得ないんです。 なぜ、国策、政策を誤ったとおっしゃれないんですか。そのことをなぜおっしゃ
いや、私は分析を聞いているのではないんです。こういうことを何でお役人にペーパーを入れてもらうんでしょうか。 つまり、さきの戦争は、政策を誤った、間違った戦争だったと思っておられるのか、おられないのか。端的にお答えください。
これは、私深刻だと思わざるを得ないんですね。 大臣、自分の言葉で、つまりどういうことなんですか。さきの戦争は間違った戦争だったと、自分の言葉で、紙ではなくて、そう思っておられるのかどうか、大臣自身が、自身が。どうですか。
ここまで来るのに何でこんな抵抗されるのか。 では、もう一度お伺いしますが、今、国策を誤りという言葉をおっしゃいましたけれども、そうすると、大臣自身も、さきの昭和の戦争は国策を誤りということで、同意ということでこれはよろしいんですね。
では、これは、当然中谷大臣も国策を誤りという認識はお持ちだということでよろしいんですね。
いや、そうすると、国策を誤りと、さきの戦争について国策を誤ったという認識は大臣も共有されていると。ちょっと、いろいろな、紙の修飾語をつけるとややこしくなるので、共有されているということでいいんですね。一連の昭和の戦争は国策を誤ったということは大臣も共有している、その認識は。それでよろしいんですね。 これは何で後ろの方が、防衛省のお役人のテーマなんですか、これ。ちょっとお願いします。
いや、だから、範囲とかこの立場というのはどういうことなんですか。 つまり、国策を誤ったというのは自分の口からは言いたくないということなんですか。 これはちょっとした話ならいいんですよ、ちょっとした話なら。これは一番根幹にかかわる話ですよ。三百十万人の国民が亡くなり、二百十兆円の税金をかけて、ああいう戦争が起こって、その反省に立って、戦後憲法ができて、全ての制度がその戦争の反省に立って我々はスタートしているわけですよ。それが一番重要な、私は根幹にあると思っているので、大臣、自分の言葉で、自分の言葉でお答えください。
私は安倍総理にも、ことしの一月ですか二月ですか、予算委員会でお伺いしたときには、同じような、つまり国策を誤りというのは一切おっしゃらずに答弁をされたわけで、これはこの内閣の体質なのかどうかと疑うわけであります。 さきの戦争、それは村山談話は出てしまったものの、本当に心の底から間違った戦争だと思いたくない、そういうふうに私は受け取られてしまっても仕方のないような今の答弁だと思うんです。 もう一回だけ、ちょっと大臣、最後にお伺いします。 大臣、自分の言葉で、さきの戦争、国策を誤ったと思っているのか、思っていないのか、迷っているのか、それだけお答えください。
そうしたら、絞ってお伺いすると、昭和十一年の、政治の上に軍が来た軍部大臣現役武官制、これは政策の誤り、今から見るとですよ、そういう理解でいいですね。
これもお答えにならないんです。軍部大臣現役武官制、これは政策の誤りだったと、今から見ればですよ、今から見れば。そういうふうに評価されておられますか、誤りかどうか。
次に行きます。先ほどの歴史認識についても我々納得しているわけではございません。何か、誤り、間違いをさきの戦争については口に出したくないというふうに感じざるを得ないわけでございますから、今後ともこの問題についても質疑をしていきたいと思いますが、次に行きます。(パネルを示す) 着手についてなんですが、こういう答弁がございます。平成十五年でありますけれども、秋山法制局長官の答弁。日本を防護する米艦船について、着手についての答弁でございますが、大臣、この答弁に関連して、我が国に対する武力攻撃の着手というのをもうちょっと具体的におっしゃっていただければと思います。
いやいや、これに関してと申し上げたわけです。 ここにはこういう答弁があるんですね、「我が国を防衛するために出動して公海上にある米国の軍艦に対する攻撃が、状況によっては、先ほど申しましたような、我が国に対する武力攻撃の端緒といいますか、着手といいますか、そういう状況として判断されることがあり得る」。 こういうふうに判断されれば個別的自衛権で反撃できるわけでありまして、大臣、これでよろしいんですね。
もちろんそうです。あり得るということなんですね。 次のパネルで、ちょっとこういうパネルをつくってみたのでございますが、つまり、個別的自衛権か集団的自衛権かということなんです。 最近は、総理初め、日本周辺における米艦船に対する攻撃、公海上ということがよく言われております。 公海上にいる、日本周辺における日本を守っている米艦船への攻撃があった、そして、かつ、四十七年見解にある、自衛権の一つの守るべき法的価値、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利」が根底から覆されるという急迫不正の事態となった、こういうふうになった。この場合、個別的自衛権で見ることもできる可能性がある。我が国に対する武力攻撃の着手、個別的自衛権、これは我が国の
大臣、質問はわかっていますか、わかっていますか。 米艦船に対する武力攻撃が我が国に対する武力攻撃の着手と読むこともあり得るという答弁があるわけです。あるわけですから、これが一体どういう基準で、下、最終的に個別で読むのか集団で読むのかが分かれるのか、それを聞いているんです。ちょっと真面目に答えてください。
ある、ないということは、今おっしゃいましたけれども、では、ある、ないはどうやって区別するんですかということなんですよ。 いずれにしても、個別か集団かは別にして、この真ん中のボックス、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫・不正の事態」、これが我が国に起きなければ、集団も個別も使えないわけですよ、この真ん中のボックスに条件が合わないと、我が国の状況が。 ですから、物理的には米艦船が攻撃されているということなんだけれども、では、これが、我が国に対する武力攻撃の着手と見るのか、そうでないと見るのかの分かれ目というのは、どこで判断するのかということを聞いているんです。
ちょっと深刻だと思うのは、大臣、わかっておられますかね。ここで言っているのは、つまり、着手ということもあり得るわけですよ、我が国に対する武力攻撃の着手。こういう米艦船が公海上で攻撃されたとき、着手というのは一切ないというような政府の見解であれば今の答弁でいいんですけれども、ここは、米艦船が攻撃されたとき、我が国に対する、個別的自衛権で対応できるケースもあるということなので、一体どうやって分けていくんですか。意味はわかりますか。