ただ、参議院に漆間官房副長官は出席されておられるんですよね。前例じゃないですよ。 これがゆゆしき事態だと思うのは、では、漆間官房副長官が内閣人事局長になったときに、内閣人事局長にお話を聞きたいといったときに、国会に全然来ないじゃないですか。これでどうやって百年に一度の大改革ができるんですか、委員長。
ただ、参議院に漆間官房副長官は出席されておられるんですよね。前例じゃないですよ。 これがゆゆしき事態だと思うのは、では、漆間官房副長官が内閣人事局長になったときに、内閣人事局長にお話を聞きたいといったときに、国会に全然来ないじゃないですか。これでどうやって百年に一度の大改革ができるんですか、委員長。
本人のポストの話なんですよ。もっと重要ですよ。 内閣人事局長をやられるということなので、御本人のいろいろな発言があるんですね。例えば、先月の十六日の会見で、内閣人事局長のポストについてこういう発言をされているんですね。これは報道ですけれども。公平な立場で政権と関係なく人事を見るとなると政治家でいいのかと。いや、政権と関係ある人事をしようということで、この公務員制度改革、つまり政党が掲げたマニフェスト、これは政権と関係あるんですよ。それを実現するための国民に奉仕する公務員という趣旨でありますので、それについて疑義を唱えるような発言をされている。 そういう方が内閣人事局長に就任されるということで、御本人の発言として、金曜日もきち
では、本人の発言でありますから、これは金曜日にも言っていますから、今からお呼びいただけませんか。
だって、本人の発言だからわからない。(発言する者あり)
そうすると、さっきもちょっと申し上げましたけれども、もう一つ、非常に重大なことがあるのは、つまり、例えば政務の官房副長官が内閣人事局長であれば、きょういらしている松本副長官のように国会に随時来られるということになるんですが、漆間さん、事務の官房副長官が内閣人事局長という人事を握る絶大な権限を持ったポストについても、失言しなければ国会にはもう一切来ないでいい、こういうことになってしまうんですが、そういう弊害について、主査か政府か、どちらかお答えいただけませんか。
そうすると、松本官房副長官が言われるように、報道では、基本的には総理も、もう漆間さん、つまり事務の官房副長官で決まりのような発言をされておられ、河村官房長官も、当初は政治家を選んだ方がいいような発言をされていたのが、百八十度変わったというようなことでございます。 では、ぜひ松本副長官にお願いしたいのは、これは政治家のプライドにかけても、事務の官房副長官を充てるということはないということを明言いただけないですか。
そうすると、漆間官房副長官を充てるというのは既に世間では既成事実、ほぼ内定状態になっているんですが、そういう情報というのは一切ない、これはデマだということなんですか。全くそういう方向性も何にもないと。
今申し上げたのは、方向性というか流れというか、そういうものも、世間に流れている情報というのは全部だれかが意図的にミスリードして流している、これだとまたゆゆしき状態なんですが、では、中枢におられる松本官房副長官は、そういう話は流れも含めてもう一切事実無根だということでよろしいんですね。
そもそも論をお尋ねしたいんですけれども、では、松本副長官は、今の公務員の人事の最大の欠陥は、一つ挙げるとしたら何だというふうに思われますか。
同じ質問を甘利大臣にもお伺いしたいんですが。
今そもそも論のお話を聞きましたけれども、ちょっと意外というか、非常に違和感があります。 私自身は、なぜ公務員制度改革をしなきゃいけないのかというのは、まさに統治機構の改革ということで、政治家が官僚の手綱を握っていく、このことが一番重要だ、それによって縦割りの弊害も除去できるというふうに思っておりまして、何しろ政治家が官僚の人事を決める。 今は、残念ながら大臣には役所の実質的な人事権がない、こういう現状がございますので、これをきちっと変えていく、内閣にきちっと奉仕する官僚集団をつくっていく、何しろ政治主導で人事を決める、こういうことが最大の目的だと思ったんですが、一番の目的は、省益を変える、タコつぼ型、縦割りを排除するというこ
ここが最もせめぎ合いのあるところだと思うのでございますけれども、そうすると、適格性審査に合格して幹部候補者名簿に載せる、この人数が大きなポイントになるわけであります。 今、幹部職は約六百人でございますが、例えば、大臣の感覚では、この候補者名簿に大体それの何倍ぐらいの人数を登載する状況になるとお考えでございますか。
大臣、以前は二、三倍ぐらいの人数だと言われていたんじゃなかったでしょうか。
そうすると、人数的にいうと、絶対数というか、幹部職が今六百人でございますけれども、二倍までいかないということは、千人ぐらいの実人数というイメージなんですか。
今のお話を聞いていると、かなり深刻な状態まで官僚の皆さんの侵食が来ているという感じを受けるんです。 そうすると、具体的な話で申し上げますと、例えば、国土交通省の道路局長がいて、それに対して道路局長の適格性審査で幹部候補生は一人だった、ほかの局長はもっといっぱいいるけれども道路局長はたまたま幹部候補者名簿は一人だったら、これはもうその局長を選ぶしかなくなっちゃうんじゃないでしょうか。
そうすると、この幹部候補者名簿というのは、この局長はこの人という印というかそういうのは一切なくて、省ごとになるわけですね。では、例えば国土交通省の局長さんは、局長の倍ぐらいの人数がいて、そこからだれだれにしましょうねと。 こういう個別、固有のポストのネーミングというのは、候補者個々人についていないということになるわけですか。
これは官僚の方の説明とまた違いまして、官僚の方は、ポストごとにもネーミングがつくと。固有ポスト。そして、つかない、分野ごとのグループの方もいるということで、混在するようなイメージ。 つまり、何が言いたいかといいますと、ここが一番重要でありまして、これを選ぶのは官房長官ですけれども、その下は、実は、官房長官は千人とか一々全員わからないので、やはり内閣人事局長が実質的な事務の手配をする。そして、ここの縛りがきつければきついほど、官僚の人は、大臣が見る前に適格性審査に受かっちゃえばほぼこのポストにつけるという流れができる。 つまり、適格性審査で人数を絞ったりすると、それだけ適格性審査の重要度が増して、逆に大臣の自由度、総理大臣の自
これで最後の質問にいたしますけれども、結局、公募といったときに、今の話だと、役所の中からも公募するといったら、民間の本来の公募というのが限りなくゼロに近づいてしまうのじゃないかという危惧を持つのであります。 一つの話として、例えば道路局長を選ぶときに、それは道路局長にふさわしい官僚の中の人の候補者名簿もあってもいいけれども、民間でも道路局長にふさわしい人の名簿をつくって、民間と官僚と並べて、どっちが優秀かで決める。つまり、全部公募にするという手もあるわけですね。道路局長になりたい人といったら、官僚の人からも手を挙げさせ、民間からも手を挙げさせ、そこで並べて選ぶ。大臣、こういうような考え方というのはどう思われますか。
これで質問を終わりますけれども、結局、内務省復活の、強い権限を持った官僚集団が出てくる。事務方に内閣人事局の人数はと聞くと、まだ決まっていないけれども二百人から二百五十人ぐらいになるんじゃないかということで、そこに全省庁の幹部人事を一手に掌握するような官房副長官(事務)が登場して、適格性審査という定義を狭く狭く解釈してそこでほぼ決めてしまう、そういうことが絶対ないようにぜひお願いをいたしまして、質問を終わります。 ありがとうございました。
民主党の長妻昭でございます。 ぜひ、舛添大臣、まじめに御答弁をいただければありがたいというふうに思います。 まず、一ページ目の社保庁の職員の親族絡みの不正納付案件から。全国調査をした結果が出たようでございますけれども、まず一ページの資料を説明いただけますか。