お話にありました育児休業給付及び高年齢雇用継続給付については、その支給が円滑に行われるように各公共職業安定所において、今征矢局長からも話がありましたように、機動的に体制整備を行っているところであります。今後も円滑な事務の処理が行われるように指導してまいりたい、このように考えております。
お話にありました育児休業給付及び高年齢雇用継続給付については、その支給が円滑に行われるように各公共職業安定所において、今征矢局長からも話がありましたように、機動的に体制整備を行っているところであります。今後も円滑な事務の処理が行われるように指導してまいりたい、このように考えております。
私は、昭和十七年に国鉄に入りました。そして、助士を経て東海道線の蒸気機関士になりました。当時は、それこそアメリカのグラマンに機銃掃射を毎日かけられるというような状態でもありました。 そういう中で、勉学の機会というものは非常に少なかったために同僚相寄って、終戦以降、硝煙たなびくような時期に、何としてもひとつ戦争中の勉学の機会というものを取り戻したいという話し合いをいたしました。 そこで、職業をやめて東京へ行って勉強するのか、あるいはまた地元にいて仕事をしながら、職業につきながら勉強するかという点についてもいろんな相談のあったところでありますが、私たちはやはり今職業をやめるわけにいかない。したがって、どこかないかということでいろ
私は、事実勉強して通ったわけでありますから、一日も通わないということはないのでございますから、その点については、先ほど申し上げましたように、苦労して通ったという誇りを同僚の皆さんと一緒に持っているし、そんなことが問題になるんだったら我々もひとつ公的な場所に出していただきたいということが皆さんの、一緒に学んだ勤労学生と称する夜間部の学生の、三百人ほどおったわけですから、そこでいわゆる昼間の大学の教授連が夜も一緒に勉強しで教鞭をとった、こういうことでございますものですから、そういう点からこの辺の思い違いかうかつということについては大変申しわけないと思っておりますけれども、そのことについてはこれから、今も一生懸命やっておりますから、そうい
お答えいたします。 今、星野先生から高い角度からいろんな数字を並べて説明がありました。一々ごもっともな説明であります。 今日の状態というのは、産業構造の転換や円高の影響等のもとで雇用の安定を図るためには新たな雇用創出が必要であるということは御案内のとおりでありましで、失業なき労働移動というものを進めることが重要であると思うのであります。このために、改正業種雇用安定法が先般の国会で決まって、この七月から稼働いたしているわけでありますが、この法に基づきまして労働者ができるだけ失業を経ることなく労働移動することを支援するということとともに、失業者の早期再就職に努めてまいりたいと思っているところでございます。さらに、雇用の創出を図る
労働省に対しまして、就職問題に関して女性差別の解消のために実効ある行政指導を行うことなどについて求めておられることは、今先生御案内のとおりであります。 そこで、労働省としては、問題のある企業に対しましては必要な指導等を行っておりますが、また、今後とも就職に際して女子学生が男子学生に比べまして不利な取り扱いをされることのないように、男女雇用機会均等法と指針の問題について徹底しでまいりたいと考えているところでございます。 また、均等法の見直しについては、労働基準法の女子保護規定にあわせまして、婦人少年問題審議会での審議が十月二十五日に再開されました。このことを受けまして、労働省としてはその審議結果を踏まえて対応したいと考えており
この労働者派遣事業のあり方については、先ほど局長からも説明がありましたように、公労使三者構成で審議中であるわけでありますが、今清水先生のおっしゃったように原則自由にしろというような意見も含めて適用業種の拡大等についていろんな御意見が実はあるわけであります。 私は、原則自由なんということは現在考えておらないわけでありますが、適用業種の拡大等についてこれを相当程度拡大するということについては、これはやはりある意味で検討の対象であるべきだ、無制限にあるいはまた拡大するということについてはいかがなものかということを考えて、こうして労働者派遣事業のいろんな問題にかかわることについては、この公労使、中央職業安定審議会の検討結果をもってひとつ
景気の停滞の中にあって、来春の新規学生卒業者の就職環境は引き続き厳しい状況にあることは御案内のとおりであります。 そこで、私といたしましては、働くことを希望する、特に女子学生が男子学生と同様にその能力を発揮する機会を与えられることが非常に私は重要だというように考えているわけでありますが、けさもちょっと申し上げましたように、東京ドームを借り切ってやったときに一万八千八百人の未就職の学生が集まった。それから、企業も男子学生だけ必要だなんという人は来なくてよろしいということを言ったところが、七百の企業がやはり女子も皆同じようにひとつぜひ相談にあずかる、乗ってもらうということで、七百社の人が集まった。 今六つの学生職業センターがござ
今、就職黒書というものを吉川先生から提示されました。私もそれを読ませていただいて、そして今後の学生の就職活動に生かしてまいりたい、参考にさせてもらいたい、こう思います。
先般、私は全労働本部の三役並びに執行部の皆さんとお会いいたしまして、今何が一番問題か、やっぱりお説のように要員問題であるというようなことで、いろいろお話が出ましたように非常に新規のいろんな取扱業務がふえておりますので、そういった点などを考慮いたしまして、私もこの要員問題についてはやはり真剣に取り組んでいきたい、こう思っております。
均等法の見直しについては、労働基準法の女子保護規定とあわせて婦人少年問題審議会での審議が十月二十五日に再開されたことについては御案内のとおりでありますが、労働省として、その審議結果を踏まえて対応いたしたいと考えている次第でございます。 見直しについては、現段階では、均等法を強化すべき、あるいは女子だけの保護規定は緩和する、あるいはまた廃止すべきなどのさまざまな意見が見られるわけでありますけれども、労使を初めとする関係者の意見を十分聞きながら検討すべきものと考えている次第でございます。
国会や行政において女性の進出が進むことは、末広先生の御指摘のとおり、まことに大切なことであります。まだまだ不満足でありますけれども、総理府から発表されました来年四月の審議会等における女性の進出を一五%にというお話がありました。私はこの内閣議において、労働省は審議会における女性の割合は一六・二%、したがって努力目標よりちょっと上に行っているということについて、これからの努力がさらに望まれるところだけれども、そういうことで一応の安心はいたしました。 あらゆる場面での女性の能力の有効発揮という観点から見てもこれは望ましいものと考えているわけでございますけれども、私としては、さまざまな場面で女性の能力の有効発揮が図られるように関係機関と
障害者の雇用対策につきましては、障害者が一般の企業においで生き生きと働けるような社会の実現を目指して総合的に推進をすることといたしております。このために、重度障害者に最大の重点を置きまして、障害の種類とか程度に応じてきめ細かな対策を図っていきたいということを計画的に推進することといたしております。 具体的には、障害者雇用率制度の厳正な運用、第三セクター方式による重度障害者の雇用の場の確保、職業リハビリテーションの推進等に努めてまいる所存でございます。
笹野先生の御高見をお伺いいたしまして、非常に感銘を覚えておるところでございます。 御指摘のとおり、女子学生の就職率が男子に比べて低いと先ほどからの議論でありますけれども、これは企業のニーズとの相違なんかもありましていろいろ一概には言えないわけでありますが、女子の能力は今の伊藤局長の話のようにすばらしい潜在的なものを持っているというようなことを私たちは評価をいたしているわけでありますから、やはり適切な進路決定が行われるようにひとつ啓発を行ってまいりたい。それから、公共の職業能力の開発施設における女子のいわゆる訓練につきましでも、今のお話のようなことも考えて頑張ってまいりたい。 私ごとで大変失礼ですけれども、ここの神奈川の職業能
泉先生の質問にお答えいたしたいと思います。 私は、昭和十七年に国鉄に就職をいたしました。戦争中の大動乱期を経まして昭和二十年敗戦を迎えたわけでありますけれども、そのときに同僚相まって、戦争中にそれこそ大変な苦労をしたんだからなかなか勉強というものについてもおくれがちであった、ひとつ勉強し直そうじゃないか、そういう向学心に燃えた仲間がいろいろとあちらこちらを調べてまいりました。そのときに、私は静岡県の清水市でありますけれども、東海大学の前身であります東海科学専門学校が夜間部を開設するということをお聞きしたわけでございます。 そこで、みんなで相談いたしまして、ここに志願して通うことになりました。これは当時、交通機関もままなりませ
私の選挙公報では、今も総理から言われましたように、「東海科学専門学校に学ぶ。」という字があるわけでございます。しかし、私の先ほどトラックに乗って一緒に通った諸君も、ぜひひとつ公の場所に出させてもらいたい、これだけ努力して勉強したということ、そういうようなことを申しておりますので、そういう点についてこの際申し上げておきます。
お答えいたしたいと思います。 ただいま御質問をいただきました件につきまして、私は昭和十七年に国鉄に就職をいたしました。戦後の大動乱期を経て、何とかひとつ勉強を取り戻したいという気持ちがございまして、いろいろと同僚とともに検討いたしておりましたところ、昭和二十一年秋に東海科学専門学校が夜間部を新設するということを知りました。そこで、同僚とともに志願して夜間部に入学をいたしました。 これは、私が戦後、組合活動に際して、翌年の二十二年の夏にその中心として動かなきゃならぬというようなことになっておりましたので、その間、二十一年の秋から二十二年の夏に至るこの間をこの夜間部に通学をいたしました。 今回の報道によって、これが文部省の正
私は、このことが選挙運動にプラスになるとかなんとかということではなくて、ありのままを、初めは私は准教員養成所を卒業した、教員検定試験に受かったというようなことを書いてありましたけれども、そういうことでなく、途中でもってどういうように変わっていったかということについては、選挙をプラスにしようとす るならば、初めから東海科学専門学校中退というように書いたはずでありまするけれども、初めはそういった学歴の関係等については何も書いていないわけでございます。 途中でもってそういうようなことになったかという、例えば昭和五十二年でしょうか、その時期には、私は選挙には全く関係のない時期でありますから、このことを選挙にプラスさせようというような気
松谷先生の御質問にお答え申し上げたいと思います。 バブル経済の崩壊以後、お話しのように日本の産業経済の現状というものは極めて厳しい局面に立たされております。それは、何といいましても国際化の進展あるいはまた国内における円高不況等と相まって、私は深刻な雇用失業情勢にあると思うのであります。 雇用問題については、特に失業率が三・二%という統計史上初めて出るところの大きなパーセンテージを示しているわけでありますので、この問題を私は労働大臣として最も深刻な問題ととらえまして、これから先生方の御意見をお聞きしつつ、本法律案の趣旨を踏まえてこれからも頑張ってまいりたい、このように考えておる次第でございます。
今までの雇用失業対策につきましては、まず第一に企業の中で失業者を出さないという政策、これは現在百九十その業種において非常に効果を上げているわけでありますが、これはいわゆる景気がよくなればそのまま雇用も拡大する、しばしの我慢だと。労働省はそのところへ三分の二の賃金の保障をいたしまして、そうして早く景気の回転を待つということでありますが、これは景気循環的な対策で、待っていれば必ずサイクルを描いて景気がよくなってくるであろう、こういう対処でありました。 ところが、今日、私が先ほど申し上げましたように、産業の国際化、日本の生産拠点がそのままアジアその他に行ってしまうというような状態の中で、これだけでは対処できなくなったわけであります。そ
雇用問題がいつの時代でも最も重大な問題である、このことなくして生活はあり得ないというように私は理解をいたしているところでございます。 このため、当面の対策として、先生が御指摘し評価していただきました中小企業における労働力の確保のための雇用管理の改善という問題は一番大きな問題だと。今おっしゃられたように、日本の産業経済の機能を変えていく、新しい分野を開発する、ベンチャー等の企業を開発するという、そういう意味も含めまして、通商産業省と提携いたしまして、そうして今後の日本の産業経済の振興をすると同時に、新しい日本の行く道というものをつくっていくように、先生方の御協力をいただいて頑張ってみたい、このように考えておる次第でございます。