東京倶楽部はこの前申し上げましたように、当初公団は九百何人の本団の人員を予定しておりましたために、当時おりました二十八号館とか、丸ビルではどうしても仕事にならぬから、急速にどこでもいいから場所があれば事務所を探せというようなことで、総務局と打合せをいたしまして、たまたま石炭庁の横の方にこういうような焼ビルがあるから、それを修理したら相当人員が入れるということかう始まりまして、前会申し上げましたように、千三百五十万円の権利金を出して、事務所を建てて、向うで建てたものに対して入つて、以後公団が家賃を拂つて——その権利金は五箇年間はその権利があるというようなことで契約いたしまして、進行したのであります。ところがその後事情等も多少かわりまし
