私どもは、この辺の経緯につきましては、たとえば裁判所におきます検察官の昌頭陳述の書面あるいは一連の新聞報道、あるいはコーチャン報告等によって知っているわけでございます。それ以上、直接航空行政に当時携わった人間にいろいろ聞きましても、当時の人間がこの働きかけに直接関与しているという事実を私どもはつかんでおりませんので、したがいまして、ここのところは私どもが伝聞しております各種のことによりまして客観的に書かざるを得なかったということで、こういう表現にしたわけでございます。
私どもは、この辺の経緯につきましては、たとえば裁判所におきます検察官の昌頭陳述の書面あるいは一連の新聞報道、あるいはコーチャン報告等によって知っているわけでございます。それ以上、直接航空行政に当時携わった人間にいろいろ聞きましても、当時の人間がこの働きかけに直接関与しているという事実を私どもはつかんでおりませんので、したがいまして、ここのところは私どもが伝聞しております各種のことによりまして客観的に書かざるを得なかったということで、こういう表現にしたわけでございます。
これは田村大臣のときに田村大臣の口から答弁されたことだと記憶しておりますけれども、たしか大臣の口から、行政当局としてはできる限りの調査をいたしました、しかしながら行政官には検察官のような強制的に物を調べるという権限がない、したがって、口を割らない場合にこれを検察官のように割らせるという手段はないので、その辺につきましては、運輸省として調べた限りにおきましては新しい事実はないと申し上げる以上のことを申し上げられないということを、たしか田村大臣が答弁いたしましたけれども、今日でもその事実に変わりはないというふうに考えるわけでございます。
そのとおりでございます。
冒陳にございますような経緯につきまして当時の庄田監理部長に聞きましたけれども、私どもは新しい事実をつかむことができませんでした。 そこで、監理部長と監督課長の関係でございますが、前にロッキード委員会に御報告申し上げました文書をここに持っておりますが、こういうふうに言っております。「当時監理部長は航空会社が機材を買い過ぎるとの認識を強く持っており、監督課長がこの問題について監理部長に相談した結果」行政指導した云々、こう書いておりまして、監理部長と監督課長というのはいわば上下関係、一心同体の形で事務的判断に基づいて行政指導した、こういうのが私どもの把握した事実でございます。
これは昨年の田村大臣の答弁の趣旨を引用するしか方法がないと思いますけれども、もし万一先生がいま御質問になったようなことが起こった場合に、私どもの調査能力の制度上の限界があったのだからやむを得なかったというふうに考えざるを得ないというふうに認識いたしております。
私どもは運輸省と申します場合には当然大臣、政務次官を含んだ運輸省と考えておりますが、私どもの調べた限りにおきましては、ここに書いてありますように、自主的判断に基づいて決定すべきであるという点を変えてなかったと私どもは把握いたしておりますのでこう書いたわけでございます。
官房長もおりませんので、全般の説明が私、資料もありませんし、うまくできるかどうかわかりませんけれども、一つは、許認可権限というものが余り多過ぎるとこういったことの種になる基盤ができやすい、こういうところから許認可権限をできるだけ整理するという方向でそれ以来検討してまいりまして、一部は実施されてきたと思います。 それから、各局別に縦割りの行政ということだけに依存せずに、それをもう一遍横にながめてみるという横割り行政的な機能の強化ということでは、昨年もたとえば総合運輸局構想などもございましたけれども、そういった局をつくることは行政整理、行政簡素化の時代からなかなかまたむずかしいということもございまして、官房にいま企画調整部門がござい
御説明申し上げます。 先ほどもちょっと触れましたように、四十五年の運政審答申の基礎になりました航空輸送需要はかなり過大でございまして、現実には石油ショック後かなり落ち込みまして、私ども六十年時点の輸送需要につきましても四十五年当時に考えていたものの半分か七割ぐらいにしか達しないんじゃないかといった意味での、ベースの読み違いといいますか、過大な輸送需要の推測というものがあったわけでございます。そこで、私が先ほど御報告申し上げました中に、基本線は変わってない、こう申し上げましたのは、四十五年当時につくられましたわが国の航空政策の基調というものはあくまでも航空機の安全運航、それから企業秩序の確立、それから企業間の公正な競争、そういった
路線によりましてもかなり違いますが、全体で見まして、観光客の比率は非常に高うございまして、特に国際線の場合には三分の二以上が観光客であります。国内線の場合はそれほど多くないと思いますけれども、しかし半分はやはり観光目的であると思います。
私は非常に飛行機のきらいな人間でありまして、大阪へはほとんど新幹線で参りますけれども、飛行機を使う場合になかなか時間がかかります。まず都心から羽田までやはり二十分や三十分はかかる。それから羽田の空港に着きましてから、最近はハイジャックの検査等がありましてかなり時間がかかる。飛んでいる時間は五、六十分でございます。しかしまた、空港へおりましてから大阪の都心に行きますのにはやはり二、三十分かかる。 〔委員長退席、増田委員長代理着席〕 こう考えますと、新幹線の東京から大阪の都心まで、新大阪から大阪の都心へ行きます交通を考えましても、それほど航空の方が時間がばかに短いと思わないわけですけれども、どうしてもお客さんというのは乗って
東京−大阪間につきましてはいわゆる騒音問題の解決を図るためにエアバスというものを昨年の五月から入れております。エアバスは輸送力が大きくなるのですけれども、同じ便数を飛ばしたのでは供給力増になってしまって、私の申し上げましたことと矛盾いたしますので、昨年来エアバスを導入しておりますけれども、提供座席数、供給輸送力は変えておりません。こういうことでいくべきだと思っております。
私は、正確なお答えができるだけの内容を持っておりませんけれども、恐らく一般的にはいま大臣がお話をしたようなことでやっておられると思います。
運輸省のそれぞれの大臣、政務次官、事務次官等々の職務権限から申しますれば、一般的には持っておられます。ただ、政務次官は政務上大事な問題について大臣を補佐するわけでございますから、その種のものについて参画されない場合もありますけれども、参画される権限は持っていらっしゃると思います。
これは御指摘のように、丹羽運輸大臣が佐藤政務次官に対しまして、四十五年の閣議了解を具体化する作業を御命じになったことは事実でございます。
全日空の近距離国際線への進出の問題は、実は当時の佐藤政務次官が初めておっしゃったことではざいませんで、四十五年の運政審答申の中にすでに、全日空は近距離国際線不定期をやるというふうな趣旨のことが書いてございますので、そのことを受けまして閣議了解もできましたわけでございますので、これを具体化する作文を事務当局に指示をしたというふうに私どもは理解いたしております。それに対して、これは冒頭陳述にありますように、通達にすると非常にリジッドになってしまって運用しにくいから、通達にすることについて好ましくないと言ったかどうかは、私は確認いたしておりません。
この点につきましても、私どもいろいろできる限りの努力をいたしたわけでございますけれども、御報告するに足るような事実を把握できなかったわけであります。
聞き取りはとっておりませんが、関係者には聞きました。
私ども、具体的にどういうやりとりがあって、どの点で対立があったかということにつきましては、把握いたしておりませんけれども、事務当局案と言われるものに対して、当時の佐藤政務次官がかなり異なった意見を持っていらっしゃいまして、その結果何遍も案が練り直されたことは聞いております。
私ども承知いたしておりますのは、一番初めに航空対策特別委員会にお出しいたしましたのは、かなり事務当局の考え方そのままを出した案だったと思います。それに対しまして特別委員会の席上でいろいろ御議論があったように伺っております。そこでそういった特別委員会、これは自民党の特別委員会ですが、出た意見をさらに参酌して第二次案をつくるという作業が行われたように聞いております。
これはすでに当委員会に御報告した資料に書いてございますところでは、四十七年五月二十六日に特別委員会が開かれまして、日本航空、全日空、東亜国内航空の三社の代表の出席を求め、いわゆる佐藤試案について各社の意見を聴取いたしました。なお、当日の委員会には運輸事務当局は出席をしておりません、こういう御報告をしたわけでございます。