これは予算の面、仕事の面で——四年たちますと、ほかに転勤する場合ないしは本省に帰る場合がございますし、それから東南アジア等二年で帰したいと考えておりますが、なかなか予算の関係その他で、そのとおりは参りません。昨年度は二十四名予算がございましたが、四十年度には七十五名、大幅にふやしまして、逐次規則どおりにやっていきたいと考えております。
これは予算の面、仕事の面で——四年たちますと、ほかに転勤する場合ないしは本省に帰る場合がございますし、それから東南アジア等二年で帰したいと考えておりますが、なかなか予算の関係その他で、そのとおりは参りません。昨年度は二十四名予算がございましたが、四十年度には七十五名、大幅にふやしまして、逐次規則どおりにやっていきたいと考えております。
もちろん家族も同伴でございます。
定員は、来年度は変わっておりません。
現在のアメリカ局の中南米課が、そのまま中南米・移住局の中南米課ということになる予定であります。
現在のアメリカ局の中南米課が、今度の中南米・移住局の課になりますが、それ以外に総務課というものを考えておりまして、これは中南米・移住局の総務的な仕事及び移住関係の仕事をやるということであります。
そこの国との貿易量ないし在留邦人の数等々で、とりあえず兼任で相手の国も満足しております。今後日本との関係——貿易、政治的関係等がふえてきましたら、そのたびに逐次本任にするということで相手の国は満足しております。
大使は八十五名、兼任は約二十名くらいあったと思います。
その後、外務省といたしまして、当事者間で穏便に解決するように勧奨しておりますし、また大使館に対しましても、またマレーシアの外務省に対しても、わが方の大使館から本件を連絡いたしまして、早く解決するように申しておる次第でございます。聞きますところ、保険会社は現在二百八十万円の保険金を払ってもいいというようなことを申し出ているそうですが、まだ御遺族の方はそれでは満足できないという状態にあるように聞いております。
本件を交渉しております儀典長室の奈良書記官が見えておりますから、奈良書記官から詳細に……。
現在十四人行っておりまして、おもな国は、アメリカ、ソ連、ドイツ、フランス、イギリスそれからタイ、台北ですね、それからインド、大体そういうぐあいになっております。
行っております。
現在は二十三名で、局になりましてもやはり二十三名でございます。
局にいたしましたのは、御指摘のとおり、中近東、アフリカの新興国の各大使等が部で扱われるのは、ちょっと軽く扱われるという感じを与えますので、局にいたしたわけであります。かたがたわがほうの中近東に行っておる大使等も、部で扱われるというのは隔靴掻痒の感がある、めんどうを本省で見てくれない、そういう実質的な意味もございます。 それから定員がふえないのはどうかというお説でございますが、これは内輪の話でございますが、外務省といたしましては定員増を要求いたしました。しかし、政府並びに行管の方針といたしまして、本省定員はできるだけ認めない、在外をふやすということで、外務省といたしましてはとりあえず局にいたしまして、今後運営において定員の足りない
お答え申し上げます。 ただいま大臣より御答弁がありましたように、外務省といたしましては、外国語の修得に非常に力を入れておる次第でございます。仕組みを簡単に申し上げますと、まず第一に、外交官試験と申しますか、外務省の上級試験には、一般の公務員の上級試験と違いまして、語学を必須科目にしておりまして、現在、英、独、仏、ロシア語、中国語、選択によりまして、どれか一つは必ず受けるようにしておるわけであります。それから外務省に採用されましてから、いまお話しの外務省研修所で勉強いたしまして、その後外国に赴任いたしました場合、大体二年間、その国の語学を勉強するということでございます。それから先ほど二次外国語の必要について触れられましたが、これは
現在、試験を通ります場合には、大体英語、フランス語、ドイツ語が多いのでございますが、通ったあと、本人の希望ないし、いままで若干勉強していたという場合に、あるいは強制的にあるいは希望によりまして、ロシア語、中国語、スペイン語、アラビア語等を、外国に行きまして第一語学として本人に二年間ないし三年間勉強さしておる次第でございます。
御説のとおり、外務省の仕事をやってまいりますには、ことばが非常に大切であるということは、われわれも痛感いたしておりまして、制度上も、これを大いに促進していきたいと考えております。しかし、御承知のとおり、日本の外務省の場合は、戦争の始まる前から戦争が終わってから数年間、全然外国に行けなかったということ、それから一時外国語軽視という風潮もございまして、その関係で、現在外務省にいる人も外国語を勉強する機会にあまり恵まれず、若干ボトルネック的なところがございますが、戦後におきましては、若い者で非常に優秀な者が、ことばを非常によくやる人がだんだんふえてまいりまして、最近は、戦前に負けないような語学の優秀な人が出てきたと思います。 それから
お説のとおり、しゃべるだけでは不十分でございまして、書く、正確に書く、しかもじょうずな外国語を書くということは非常に重要かと存じまして、外国に留学中ももちろん、各種の大学で書く練習はしておると思いますし、現在、本省におきましても、いわゆる添削教授と申しますか、英、独、仏等のことばにおきまして問題を出されまして、仕事の余暇にそれに対して返事をして添削を受けておる者が年間約四百人ございます。そして課長級はもちろん、参事官級もこれに加わって、初歩のように、添削、書くほうを勉強しておる次第でございまして、外務省といたしましても、しゃべったり聞いたりするだけではなく、正確に書くということも心がけておる次第でございます。
お答え申し上げます。 御指摘のように辻先生は、四年前に公用旅券で東南アジアのほうに行かれるということで、外務省に旅券を申請されておりまして、主たる目的は先生御自身、あちらの方面の事情を調査されるということになっております。
辻先生が昭和三十六年の四月ごろビエンチャンの北方百二十キロでそれ以後消息がございませんので、外務省といたしましてはラオス、カンボジア、タイ、ベトナムの在外公館に指令いたしまして、先生の消息について何らのちょっとした消息でもあったら至急知らせろということで、その後逐次その訓令はリマインドしている次第でございます。かたがた、赤十字を通じまして中共の紅十字会等にも連絡しております。それから、辻先生の御子息がたしか一年半ぐらい前に現地に行かれて、いろいろ情報を集められてまいりましたが、これにつきましても、在外公館におきましてできる限りの御後援をしたのでございます。大体以上のとおりでございます。
お答えいたします。 御家族の御心労は非常に御同情にたえないと思いますが、現在われわれ外務省といたしまして、全力をあげて消息を探求しておりますし、大臣から先ほどいままで御答弁になって、六月一日以後も同じようにもちろん消息の究明には尽くすわけでございます。したがいまして、現在われわれといたしまして、どうであるかということは、われわれとしてはできるだけおさがし申し上げたいという以上には、お答え申し上げられないと思います。