私どもの考え方といたしましては、社会通念上、いわゆる労働組合法第一条第二項によりまして正当ならざるものと考えておつたものを具体的に明文化し、これを確認しようという考え方でございます。
私どもの考え方といたしましては、社会通念上、いわゆる労働組合法第一条第二項によりまして正当ならざるものと考えておつたものを具体的に明文化し、これを確認しようという考え方でございます。
私どもの考え方といたしましては、組合法第一条第二項によります「正当なもの」というのは、結局において社会通念上正当であるか、正当でないかという観点に立つて判断せらるべきものでありまして、私どもといたしましては、先ほど申し上げましたように、社会通念上正当ならざる争議行為を確認しよう、こういう考え方でございます。
先ほどの小規模の停電ということでございますが、小規模でありましても、スイッチ・オフ等の行為は、従来ともこれは私どもは違法というふうに考えておりました。なお小規模の職場放棄の問題になるわけでありますが、それは私どもの方といたしましては、従来はそういう給電指令所の職場放棄のような行為は適当な行為でない、こういうふうに私ども考えておりました。しかし昨年の電産の経験にかんがみまして、これはもう社会通念上適当でないというどころじやなくて、社会通念上正当ならざる行為である、こういう解釈を下すのが筋じやないか、こういうふうに考えておるわけであります。
私どもの考え方といたしましては、先ほど申し上げましたように、小規模な場合でありましても、全般的に響くもので、法益均衡の考え方からいたしまして、当然私は社会通念上適当でない、特に御承知のように電気という瞬間的に広い範囲に及ぶという特殊なる性格を持つている以上、私はやはりそういうものでも正当ならざる争議行為である、かように考えるわけでございます。
先ほど来申し上げておりますように、そうした行為が社会通念上正当ならざる行為ということをしみじみ体験させられましたのは、昨年の電産争議の結果だと、かように考えております。そうした体験を受けてみますと、小規模という範囲にもよりますけれども、かりに小規模ということでありましても、給電指令所というものの認識その他を考えてみますれば、電気の瞬間性と申しますか、瞬間的に広範囲に及ぶという考え方から、当然これは公共の福祉に反した正当ならざる争議行為であるというふうに考えがかわつて来ているのではないか、かように考えておる次第でございます。すなわちそうしたスイッチ・オフ、職場放棄によりまして、瞬間的にまた全国に及ばないという保証もできるものでもござい
書いても書かぬでもという意味ではございませんので、昨年の体験にかんがみましてやはりこの際国民の公共福祉擁護の観点から、従来違法なるものを具体的に明文化し、さらにまたそれを確認しておきたい、こういう考え方でございまして、書いても書かぬでもという問題ではないと考えております。
さように存じております。
森山委員のお尋ねは、このような法律が通れば、労調法第八条の公益事業の範囲の中から、電気事業を除く必要があるのじやないかという趣旨のお尋ねであつたかと存じますが、私が申し上げるまでもなく、労調法第八条は、公衆の日常生活に欠くことのできない事業を指定しておるわけでありまして、この電気事業が、公衆の日常生活に欠くことのできないものという事業の性質からこうできておるものでありまして、こうした条文があつたからと申しまして、スィツチ・オフのような停電行為が従来とも正当であるという解釈をとつたことはございません。また第八条の中には、医療という事業もございますが、実際上すぐ人命の危険を生ずることでありますので、今ただちにストライキをやるというような
「その他電気の正常な供給に直接に障害を生ぜしめる行為」この内容でございますが、給電指令所の職場放棄並びに野放し送電、大体この二つがこの範囲に入ると考えております。
第三条に規定いたしておりますのは、電気の正常な供給を停止する行為という中に、スイッチを切るような積極的な停止、制限をする行為が入るわけでございます。従つて電源ストにおきまする職場放棄は、「その他電気の正常な供給に直接障害を生ぜしめる行為」に入るわけでありますので、通俗的に申しますれば、電源スト、停電スト、給電指令所の職場放棄、緊急保守要員の職場放棄、これが大体二条でとめられる争議行為でございます。
御承知のように、現行組合法におきましては、団体交渉権を憲法その他によつて認められておるわけでありますが、その気持というものは、労使対等の立場に立つて労働条件の向上をはかるという意味から、労使対等というものが問題になつて来るのだ、かように考えております。労使対等ということが、一つの法秩序として確定いたすということになりますれば、それもまた公共の福祉というものになる、かように考えております。
先ほど来申し上げておりますように、雷産ストライキにおきまして停電スト、電源スト、職場放棄、こういつた問題につきましては、これに従事しておる人数も全体のうちで僅かということも申し上げておりますが、根本的な法律的な考え方から申しますれば、こうした争議方法によつて労働者の失う賃金並びに使用者の失う料金というふうな損害と、第三者の受ける損害とがあまりにも均衡を失しておる、こういうことが根本であるのでありまして、電気労働者にとりまして、これ以外の争議行為というものは全然なくなるというのであるならば、労使の対等というものがくずれて来ると思いますけれども、第三者にのみ迷惑をかける争議方法、しかも労使双方同じようにそう大して痛くない方法、それによつ
外国の立法例というお尋ねでございますが、イギリスに共謀法及び財産保護法というのがあるわけであります。これはガスと水道の問題に規定しております。さらにまた一九一九年になりますと、電気だけについての争議権を禁止いたしております法律もあると承知いたしております。従いまして、イギリスにおきましては、やはり問題の起つたときに、その都度その事象を対象として立法をしているのではないだろうか、かように存じておる次第でございます。 それから判例と解釈のお尋ねでございますが、争議行為の解釈につきましては、最高裁の判決におきまして、労務、不提供のみに争議行為というものは限るべきものである、こういう判例がございます。そうした判例もあり、従来の公共事業令
この法律ができたのが、一つは一八七五年であり、一つは一九一九年でありますが、この法律がその後なくなつたとは承知いたしておりませんので、現在でも生きておる法律だと私は承知いたしております。従いまして、日本の労働組合運動が大正八年程度だという意味ではございません。この法律がそのときできて、現在でも生きておる法律であるということを申し上げたいわけでございます。それから判例等の問題、あるいは解釈等の問題は、私どもはスイッチ・オフ等は違法である、保安要員の引揚げも違法である、こういう解釈を下し、政府声明を出したこともあるのでありますが、先ほど来いろいろお話のありましたように、昨年の電産、炭労の経験にかんがみまして、この点だけは法律上明文をもつ
電気事業の一部の停電ストという意味かと思いますが、私は一部のものも起り得ると思います。しかしながら、昨日もお答えがありましたように、かりに一部のものでありましても、瞬間にして相当広範囲なものに及び、さらにそれがまた直接とは申しませんが、ときによつては全国的に波及するおそれのあるものでもある。こういう電気事業の特殊性ということから考えて、公共の福祉に反するものである、かように考えておるのであります。
昨日も官房長官、からお答えになりましたように、部分に対する全体という考え方で私どももおります。従いまして、先ほど御指摘のような、ちつぽけなというのでありますか、小さな発電所の一時発電停止というものがあつた場合にも、私は相当これは広範囲なものに及ぶと考えております。またこういうふうな、かりにそれが小範囲でありましても、ときにはやはり全送電系統というものに影響が及んで来るものだと私は考えております。これがやはり電気事業そのものから来る特殊性である、かように考えております。従いまして私どもといたしましては、公共の福祉という概念を非常に広く広げるといつたような意味合いのものではなくして、最小限度の一般社会におけるそういう損害なり被害というも
融通無礙には私どもは考えておりませんので、結局目的と手段の相違がそこにあると思うのであります。ある一部のものに限定しよう、こういう目的でありましても、そうした行為によりまして、やはり全送電系統に影響を及ぼす、これはあり得る、かように考えておるものでございます。
先ほども申し上げましたように、一発電所の発電停止でありましても、ときには全送電系統に影響を及ぼす、これは私はあり得ると思います。かりにそれかないとした場合のいわゆる停電行為というものが、当事者と第三者との損害の均衡というものがそれでとれるかどうか、これは私は問題だと思います。かりに小部分でありましても、労使双方の受ける損害と第三者の受ける損害の間の均衡というものは、はなはだしく不均衡なものがあると私どもは考えております。従つて、目的と手段あるいは当事者と第三者の損害の不均衡というものを考えれば、私は公共の福祉に反するものだ、かように考えます。
スイッチ・オフは御承知のように公共事業令で違法であります。それから職場放棄の問題でございます。これは主として給電指令所の職場放棄の問題でございますが、こうした行為というものは、スィッチ・オフによる停電と同じ効果を生ずるものであり、さらにまた、従来はこういう行為は、労使双方に与える損害よりも第三者に損害を与えるような職場放棄というものは、適当な争議行為とは私ども考えていなかつたわけであります。むしろ適当でない争議行為だと考えておつたわけであります。それがさらに昨年の、電産の争議によつて国民は非常に苦い経験を受け、それによつて社会通念上やはりこういう争議行為は適当ではない、不適当な争議行為であるという考えになつて来たと思つております。こ
先ほど私が申し上げましたように、森山委員十分御承知の通り、電気というものは生産、消費に一瞬にして響いて行くものでありまして、そうした停電行為というものによつて、一部分でかりにその場合現実にとまつておりましても、まず一瞬にして広範囲に響くものであると私どもは考えております。そこがすなわち電気事業の特殊性だと私どもは考えております。一瞬にして広範囲に及び得るものであるならは—現実またそういうことがあり得ますので、そういうところをとめることは適当じやない、かように考えております。